7.邂逅―7『ジヴェリ機械製作所―4』

 乗用車のものではない、もっと大型の車両に、ほんの至近でボワァンボワァン! とクラクションを連打され、工場棟の中にいた人間たちは皆、跳びあがった。

 呪縛がとけたようにお互いの顔を見合わせ、まわりを見まわして、そして、おもむろに息をつく。

 まず最初にクラムが我にかえった。

 おおきく一つ手をたたき、

「仕事だ!」

 そう叫んだのである。

 そうして、その場の一同がふたたび動き出そうとした矢先――待ちきれなくなったか、いましがたクラクションを鳴らした当人だろう男たちが、遅いッスよ、何やってんスか? と口々に文句を言いながら工場棟に入ってきたのだった。

 後はもうグダグダだった。

 何ともばつの悪そうな面持ちで立ちつくしているモルトを筆頭とする四、五人の工員たちと、彼らがつくる輪の中央で大泣きに泣いている少女。

 後から工場に入ってきた新参の男たちは、そんな異様な光景にギョッと立ちすくんだ。

 が、すぐに状況を察したようだ。

「あ~ぁあ、泣かした」「社長が泣かした」「ミーシャを泣かした」

 誰言うともなく、そんな声があたりにこだましはじめた。

「ちょ……!」

 ま、待て! わしか? 儂だけなのか、ミーシャを泣かしたのは?――こわもてのドワーフが、思わぬ濡れ衣に短い手足をぶんぶんと振りまわし抗議をしても、誰もきかない。

 そこを再びクラムが仕切って、一同を仕事へときたてた。

 まだグスグスやっているミーシェルの頭を抱え込むように自分の胸に抱き寄せ、あいている手で指示をとばしていく。

 そうして三々五々と、その場に居合わせた人間が散っていくと、やがて手持ち無沙汰のまま残ったのはハーラン一人となった。

 そして……、


「そして、そこで、これからどうするか質問されたんだよ」

 そう言いながら、ハーランは、どうぞと自分に向けて差し出されたタバコを片手で礼をして受け取った。

 言わずと――ジヴェリ機械製作所をあとにして、どこへ行くのか、人間だけを荷物にカラントゥールの街の中から一路郊外へと走るトラックの荷台の上である。

 荷台の上には、ハーランの他に計四名の男たち――トラックのクラクションを鳴らし、ジヴェリ機械製作所の工場棟に後から入ってきた男たちが乗っている。

 彼らも、やはりジヴェリ機械製作所の工員で、その工員たちに、道すがら自分がここにこうしてあるをハーランは説明していたのだった。

 最初のうちこそトラックの荷台に乗って移動する、その非日常感をワクワク楽しんでいたものの、すぐに飽きてしまったということもある。

 しかし、ここまで延々してきた講釈も、これで最後のしめくくり。

 ハーランは、火口から火口――タバコの先端同士をくっつけ、火をもらいながら話しをつづける。

されたが元通りに直るまで工場で待つか、自分だけ先に送ってもらって自動車は後日とどけてもらうか……」

「それとも、あたしらと一緒に出かけて修理の間の時間をつぶすか――三択っスか」

 タバコと火の両方を提供してくれた男が結びの部分を引き継いだ。

 ふぅーっと紫煙を吐きながら、うん、その通りと頷くハーラン。

 で、トラックの荷台なんて乗ったことがなかったからさ、一番面白そうと思って、ここにお邪魔してるとそういうわけ、と説明を終えると、これまで彼の話にふんふんと耳をかたむけ、なるほどねぇと相づちを打っていた他の工員たちも同意して笑った。

 ハーランの語り口のうまさもあってか、自分たち以外に荷台に乗り込んできた見知らぬ人間を胡散臭うさんくさげに見ていた彼らも、今ではかなり打ち解けた態度になっている。

「まぁ何にせよ、いきなり自動車を分解されたのには、ちょっとビックリしたけどね」

 ハーランが苦笑すると、

「ああ、それは」と、また別の男が口をはさんだ。

「たぶん社長は、お客さんの自動車のエンジン音を聞くかどうかしたんですよ」

 エンジン音? と一人ハーランが首をかしげる中、他の工員たちも、つられてワイワイやりはじめる。

「お客さんの自動車、きっと、どこか具合がおかしかったんだぜ」とか、

「ドワーフって、調子をくずして本来の性能が発揮できてない機械には我慢ならん! て、とこがあるもんなぁ」

「社長のあの耳の良さって、神業っつーより異常だよ、異常!」

「音を聞くだけで機械の不調箇所を言い当てるとかさぁ、信じられねぇよ」

「愛車の管理が悪いって説教くらわなくて良かったっスね」

「ちゃんと元通りに直しますから安心してください」

「きっと、うちの会社に来る前より調子が良くなってるんで驚きますよ」

「バケツの水をぶっかけられたって聞きましたけど、大丈夫っスか?」

「すンませんねぇ」

「ミーシャが、また大泣きしてたもんなぁ」

「怒らせると、あとが超・怖いってのによぉ」と、かまびすしい。

 そして、一人が、んんッと喉の調子をととのえ、

『私たちが戻ってくるまでに、ちゃんと自動車を元通りに直しておいてくださいよ!』

 物真似のつもりだろう――つくった高い声で、ミーシェルがモルトたちに向け、最後に言った小言セリフを口にする。

 一瞬、シンと静まりかえった後、どッ! と男たちの笑い声がわいた。

「似てる似てる!」

「は、腹が痛ぇ!」

「ミーシャにバレたら、また泣かれるぞ!」

「クラムが何とかするから大丈夫だって!」

 拍手にかっさい、足をどしどし踏みならす。トラックの荷台は、そんなけんそうで満たされた。

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