0-ルート0 信念の夜明け 下

この記録を読み解く者よ、気をつけろ

あの異界の者は正気じゃない

彼は普通ではない、だが異質と呼ぶには余りにも……


夕 客室

「…………」

啓が倒れてから数分、我はずっと彼が目覚めるまで待っていたが、まだ覚めるには時間がかかりそうだ

彼の目覚めを待っていると背後から扉を叩く音がした

「魔王様、失礼します」

扉が開くと、黒い羽を背中に折り畳んでいる青年が入ってきた

彼の名はルシファー、最近天界から堕ちてきたばかりの堕天使で、我が彼に協力を頼んだ所、すんなり受け入れてくれた

「ルシファーか、貴様がここに来るって事は何かあったか?」

ルシファーは我の前へ止まると跪いて答えた

「昨日王国を裏から奇襲していた所、勇者と思わしき者の1人を始末しました」

「殺ったと言うのか」

「余りにも隙だらけでしたので……」

ルシファーは我からの問いに目を逸らして答える

今は何が起こるか分かったものではない状況、勇者の1人を始末できただけ上等な方か

「……よくやった、我はこの者を見ている……指揮は任せたぞ」

ルシファーはそれを聞いて立ち上がり「わかりました」と答えて部屋を出た

「ふぅ……」

「今のは?」

「うわぁっ!起きていたのか」

安心している束の間、いつの間にか起きていた啓の言葉で驚いてしまった

「こほん……新しく入った者だ、我も詳しくは知らん」

啓は「そうか」と答え、ベッドの上で身体を伸ばす

「貴様、起きて早々の質問がそれでいいのか?もっとこう……今の時間とか、いくら程眠っていたとか……」

そう聞いてみると啓は素っ気ない態度で

「あ?そんなの聞く方がバカじゃん」

と言って窓に向いた

我も思わず「えぇ……」と言ってしまう

「時間は太陽の位置で大まかに分かるし、いくら程寝ていたって所は、さっきの実験の時に太陽の位置を分かっていた上でやったから……」

「え?今なんと?」

啓の意外な答えに我はもう一度聞く

啓はため息をつきながら答える

「はあ……日時計だよ、なんでわざわざ言わなきゃならないのだか……」

何かよく分からない物の名前が出たな、日時計……時計の一種か?

「実験時に太陽はまだ東側にあったが、今は半分を過ぎている……って事はだ、この段階で昼の12時過ぎって事が分かるんだ」

「へぇ……日時計ってそんな刻み方をしていたのか」

我がそう納得していると、啓は何かに気づいてから我に問いかけた

「知識は流した、魔王……ちょっと聞きたいことがある」

「な……何だ?」

啓は上着を脱いでからも問いかける

「俺はあの実験で、身体の強化を行ってからギア上げをした、そうだな?」

「そうだが……どうした?」

啓は自分の身体を見ながら言った

「あの後ぶっ倒れたろ?あの時俺の身体はどうなってた?」

ああ、そう言う事か、後でスライムに聞いてみた限りだと……

「全身はボロボロで、我が持ち上げた時には腕からプチプチ音が鳴っていたよ」

「ふむ……」と啓は考えてからボソッと

「……3秒」と言った

「え?」

突然の言葉に我は反応しきれなかったが、啓は話を続ける

「俺がお前を抑えた時に掛かった時間だよ、たった3秒だ」

3秒で我を押さえつけたのか、初めて作った魔術で、あのような感じで

「啓よ、たった3秒間でどうやって我を押さえたんだ?我から見れば一瞬のように起こったように見えたのだが……」

我が啓にそう聞くと、啓は驚いていたのだろうか固まって……

「え?魔王それ、マジで言ってんの?」

真顔で答えた

え?何?我何かとんでもない事を言ってしまった?ただ自身の意見を言っただけで?

「ただ素直に言っただけなのだが……どうした?」

啓はそれを聞いて何か納得してから

「あー……わりぃ、聞いたこっちが馬鹿だった」

「むう……馬鹿にしているように言われている感じがするな」

「馬鹿にしてんだよバーカ」

啓は我が正直に言ったことに呆れた表情で答えた

……こいつまさか我を馬鹿にし続けていたってのか?

「口の聞き方に気をつけろ、いつでも貴様を殺せるのを考えて言っているのか」

我がそう言って睨み付けると、啓は表情を一切変えずに答えた

「上に立つ者ってさ、下の人達の責任を持つんじゃなくって、体よく分け与えるんだと思う、お前はそう思わないかい?」

「えっ……?」

啓からの突然の言葉に我は止まり、啓はまだ言い続ける

「王の資格の話だよ、王は国を統べ民を統べ国を守り続ける……そんな当たり前の話だ」

王……我の存在に対してだと……?

我は魔王として生きて当然であり、人間を滅ぼす役目を背負った神に等しき存在、疑問すら持ち合わせる必要すらないのに、こいつは何を言った?

『王の資格』?国と民を統べるのが当たり前だと?

「貴様、我の存在をどう考えているって?」

「よく言って純粋無垢」

よく言って……って事は

「……悪く言ったら?」

我がそう聞いてくると啓は少し考えてから

「大馬鹿、糞野郎、無能、無愛想、どれもこれもお前に言えることだが、もっと分かりやすいのが1つ……」

そう言ってから我に視線を向け

「裸の王様」

哀れみの眼でそう言った

「……貴様!」

啓に言われたその時、我の中から何かがプツリと切れた

……明確には我の存在を全否定されていたのが分かってキレた

そのせいで啓に殴りかかっていたのだが、どうゆうことか手応えがない

避けられたと分かって腕を引くと、啓が倒れた状態でいた、よく見ると右腕が我の顔に当たりかけで止めている

「啓……まさかっ」

倒れた姿勢のまま啓は答える

「すまんな、こうでもしないと本気で殴りそうじゃない性格らしいし」

まさかとは思ったがやはりそうか

先の時は3秒で倒れていた、ならば『それより短くやればどうなるか』と言うことか

「ふーむ……体に異常なしっ!1秒だけなら問題ないっぽいな、なぁ魔王」

啓はさっきので自らの使用上の限界を納得した後、我に顔を向けて言う

「何だ?」

返すと啓は自分の右腕を指差す

「これ……何とかしてくれない?」

「自分で治せないのか?」

我が答えると啓は目を逸らして答えた

「いやあさっきの拳に少しビビっちゃって、右か左に避けるつもりが……」

話を聞きながら啓の右腕を見ると、さっきからピクリとも動かずにピンと伸びきっていた

「ああ……誤って体を引いてしまったから、反撃をしようとした時に……」

「腕、骨ごといったわ」

「バカっ!」

こんなアホみたいな状態になっているとは、我も思わず言ってしまった

「状態はどうだ?」

「肩までいってる、一切動かん」

「ではあのスライムを呼んで来る」

そう言って部屋を出ようとすると

「ちょっ待って!」

啓に止められた

「……何だ?」

「1つ聞きたい事がある」

腕が伸びきった状態で啓は問いかける

「勇者、この世界にいるのか?」

「……」

啓の問いかけは単純で、内容は文字通り我の天敵の存在の有無だった

「認めたくないが……いる」

流石の我もいないとは言い切れないと感覚で理解している、だからこう言える

啓は「そっか、いるのかぁ……」と言ってから目を瞑った

我は部屋を出て、またスライムを呼んで治してもらうように頼んだ

そしてスライムが部屋に入ると部屋から声がした


「えっ、戻すために腕を?やめてぇ、ただでさえ痛いってのに……わかった!わかったから!お願いだから一思いに、頼むかr……」

部屋からボキッと音が鳴ると

「アッーーーーーーーー!」

啓の悲鳴が城中に響いた


部屋に戻ると、啓の右腕はすっかり治っていた

スライムからの報告によると、右腕の骨が関節ごと肩から外れていた為に、治すには一回骨を押し込まないといけなかったらしい

「啓……どうだ?」

「うん、痛い」

まぁ知ってた、我としては知りたくなかったが

「でもこの程度の痛み、慣れれば問題ないから」

いや、痛みを慣らすのはどうかと思うぞ

「むしろ慣れなきゃだめだ、僕の場合戦わなきゃいけない所が異常なまでにあるし」

……待てよ、そう言えば我は啓の目的を聞いていない、あいつは何を目的にしているのか……何が理由で我のもとへ来たのかを

「啓、ほぼ最初から聞きたかった事だが……」

「俺の目的だろう?」

啓に問いかけようとした時、啓が食い気味に言った

バカなっ……あいつは私の思考でも読んでいるのか!?

「っ!?何故わかった」

我がそれを聞き焦るも、なるべく焦りを押さえて問いかける

「もうそろ聞くんじゃないかと思ってね、考えには入れてた」

啓は顎に右手の親指と人差し指を挟むように添えて少しの間が空いた

少しの間が空き、啓からの視線が鋭くなってから答えた

「殲滅……かなぁ」

この言葉を聞いて嫌な予感を感じる、あいつもしかして……

「……何をだ?」

我が問いかけた時、啓の口から予想以上の答えが返ってきた

「全生物?」

なに言っているんだこいつ

出来るとしても個人でできる目標ではない、本当になに言っているんだこいつ

「啓、ふざけてないで言ったらどうだ?」

「本気だよ、この世界に魔法があるんだし」

……どうやら冗談で言ってる訳ではないようだ

「と言っても、単独で行うにはまだ知識不足だがな」

しかも一人でやるつもりで考えているときた

「そうだな、貴様はまだここの事を知らん、知るには我に手を貸さねばならん訳で」

「だから一旦ここに住む言ったろ、点で頭の回転おっそいな」

我とて彼に教えてもらわなければならない所がある。例えば向こうの技術とか、戦い方とか

「そうだな、どうやら我は貴様に教えを乞う所があるみたいだ」

我がそう言って手を差し出すと啓は意外そうな顔をしてから

「教えながら教えられるねぇ……等価交換としてはいい条件だ」

笑みをこぼして差し出された手を握った

「それでは早速教えてもらいたい事がある」

「へぇ……言ってみてくれ、この世界で可能な範囲で」

向こうの技術でも限度があるのか、だがこちらの勢力を上げるにはこれしか聞くものがない

「貴様のいた世界では、どういう物があった?」


………………


夜 ガラス砂漠

「本当にこれでいいのか?」

「うん、これでいい」

啓に技術が欲しいと頼んでみたら、啓が「前提で雷の魔術が必要」と言い出したので、よく落雷が起こるガラス砂漠に二人で《転送》して、今に至る

この地帯は落雷が多く、その雷の落ちた所がガラスになっている事から、ガラス砂漠と呼ばれるようになっている

その砂漠のど真ん中で啓はロングソードを真上に突き立てて待っていた

「これどう考えても雷に全身焼かれるのでは……」

我は啓を心配していると、啓は言った

「それもそうとは言えない、こっちの世界で雷に当たった時の傷を見たことがあるが、雷は体も通すって性質がある、死ぬのはその時生じたショックで死んでるだけ」

「なるほど……ってそれ大丈夫なのか?」

啓は「今の俺なら平気」と言って待ち続ける

「うーん……レイピアみたいな細いのが避雷針にちょうどいいのかなぁ……」

避雷針……向こうでもそれがあるんだな

「貴様、技術を教える言ったのに何故こうも待たねば……」

「仕方ないだろ、こっちの技術の大体はこれと鉄のが多いんだよ」

啓は食い気味に答えた

「だからと言って『雷を直に受けて魔力を得る』と言った発想はしない!」

啓はため息をついてから、死んだ目で我に向ける

「じゃあ何だ、死にたいって?自己犠牲の塊の人類相手に?笑えるよ、俺に会ってたった2日で降参?」

「…………」

余りにも人としてあり得ない発言に我は思わず黙ってしまう

先の発言といい表情をあまり動かないといい、まさかこいつ……

「啓、過去に何があった?」

啓は我から背を向ける

啓の背中からは虚しさを感じる、彼から感じた違和感はなんなのかやっとわかった、後は彼がどうしてこうなったかのだが……

よ……何んにも」

彼の口からそんな言葉が出た

本当にどうした?もしここにいる彼が10年前の少年と同一なら、こんなに変わるのはおかしい

もしそうだとしても、我の知ってる啓とはかけ離れ過ぎている

「う~ん……全然落ちてこないな」

しかも当人は、我からの問いかけに疑問を持つ様子すらしてこない……

「魔王、帰る」

啓が剣を下ろし我へ歩いてくる

本当にあの少年なのか?どうしても彼への疑念が晴れない、本人に聞いておいて返答があれでは聞こうにも……

「ここの雷はどうやら人に臆病みたいだ、とっとと帰……」

啓がそう言って剣を投げ捨ると……

雷が啓の頭に落ちてきた

「っ!」

突然の落雷に啓は膝をつくが、啓の体を雷が駆け巡った後、雷が体に入っていったのが見えた

「啓、大丈夫か?」

膝をついている啓に聞いてみると「普通は死んでるけど平気」と答えてゆっくりと立ち上がる

啓から感じる魔力の感じも変わっている、啓の言った通り直に受けて魔力を得られたようだ

しかし……さっきから啓が黒雲を見たままでなにも言わない

そう考えて声をかけようとして近づこうとした途端、啓は突然走り出した

「お、おい啓!」

走る啓をよく見ると走る速度が速くなっているのがわかる、その後に黒雲に向けて真上に飛び上り、姿を消した

「行ってしまった……」

我はこの砂漠で1人呆然と佇むしかなかった


…………


待って数分が経ち、黒雲の先から何かの咆哮が聞こえた

我は咄嗟に構えたが、これから起こる光景に我は構えを忘れることになった

「グガアアアアアッ!」

空から大きな物が回転しながら落ちてきた

我はこの光景を反応しきれずに見ているしかなかった

「なっ……何だ!?」

落ちた先を走って確かめてみると、啓が大きな蛇のような金色の生物の首を地面に突き刺していた

なんだこれは、どんな事をしたらこんなことに

「おい啓何だこの生物は!」

我は早口で啓に問いかけると啓は答えた

「この雷を起こしていた魔物、雷を受けた時に変な違和感を感じたから何だと思って飛ばしてみたら……まさかこんなデカイ龍だとは……」

龍……龍?ある地域にしかいない伝説の魔獣だろ?ここにはいないと思っていたのだが

「龍だと?」

我がそう言うと「そっ、龍」と答えて龍の首を締め上げる

「いやお前、だからと言ってこんなのをどうやって……」

「そりゃあ……肉体を電気に変換してこいつの死角に入り込んで……で今これ」

啓は締め上げながら淡々と説明しだした

……あれ?

「啓、今何て言った?」

そう答えると啓は首を傾げてから龍の首をさらに締め上げる

龍は強く締められたのか、小さな前足を何度も地面に叩きつけた

「……ってかそろそろ離してやれ!」

啓はそれを聞いて「おっと……」と答えながら龍を手放した

龍は手放された瞬間ぐったりと倒れていった

「その質問、さっきの言葉辺り?」

「そうだ」

そうだ、私が気になっているのは彼が今言ったやつだ

「どの辺り?」

「肉体を電気に変換して……って辺りだ、自分で言ってて気にならなかったのか?」

肉体を電気に変換する、それは事を意味する、それがどれだけ危険なものか……

「俺がどんなになっても死なない、その体質をうまく使っただけ」

お前ぇ……向こうの世界の人はこうゆう覚悟を持っているってのか?

「魂が抜けて消えても知らんぞ、馬鹿者が」

「さあ……?どうなんだろうな……」

返ってきた言葉を聞いた後、我達は魔王城に戻ってこの世界と向こうの世界の知識……啓はこちらの知識を『魔術』と呼び、啓側の世界の技術を『化学』と読んでいた

そうして我の魔術と啓の化学を共有して語り合った、語り合いだけで3日もかける程に……

こうして我と啓は、同盟や仲間といったものではなく、『友達』の関係で協力する事となった


しかし我は気づけずにいた、彼の本性を

信じられずにいた奴の信条を

そして許せずにいた…………啓の『真実』を


その一切が報われずに……ただ戦い続け……それでも痛みと苦しみを背負って歩くしかなかった

、我が思っている以上に深くに、思っている以上に歪みきって



続く

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