2020年8月14日

 道端に座り込んでひとしきり大笑いした後、兄さんが言った。

「お前の旦那になる奴には同情を禁じ得ん。間違いなく振り回されて尻に敷かれるな、こりゃ」

「ひっどーい!! こう見えてもリアル・白衣の天使なんだけど!? 合コンでも行った日にゃモッテモテで引く手数多なんだけど!?……多分」

 最後の「多分」が小声になったのは忙しくてそんなの行ってる暇も無かったからで…いや、でも間違っていない…よね。

「て言うかさー、そもそも兄さん、まだ見ぬ人の心配するのはいいけど、自分はどうなんよ!?」

「は?」

「は、ではありません。お嫁さんとか彼女さんとかどうなんですかー!? キリキリ白状なさい!!」

「だから怖い怖い、眼が怖い。お前、職業間違えたやろ、絶対」

「ナースたる者、優しいだけでは務まらんのですっ!! 強くもあらねば務める資格がなかとです!!」

「何じゃそのハードボイルドな看護師は……」あ、呆れてる。

 冗談めかして言ってはいるが、これはある意味真実なんだけどなー。

「こほん。……で、カ・ノ・ジョは? それとも嫁?」

「居らんわ、阿呆」

「リァリィ!?」

わりぃか」ぷいと横を向く。あら!? あらあら!?

「あーれー、なんでなんで、そんなにモテないのー?」ニヤニヤ

「…まったく、誰に似たんやら。こまい頃は泣き虫の癇癪持ちじゃったが……」

「―っそれ反則!! で、片思いの君とか居ないわけー?」

「忙しいの!! ンな暇ぁ無い!!」

「…あぁ、こりゃおばさんも苦労するわ」

「余計なお世話じゃ。第一、お前だってこまい頃は『にぃにのお嫁さんになるー』とか言うとったろが」

「…あらぁ、じゃあ私が大きくなるまで待っててくれたんだ? 光源氏だねー?」

「お前が紫の上なんて柄かw」あ、待て最後のwはなんだ、しっかり聞こえたぞ(怒)

「なんなら私のために今まで貞操を守り通した兄さんに免じて、私がお婿に貰って差しあげても宜しくてよ?」

「うっわウゼぇ…何じゃその上から目線……」

「自分で言うのも何だけど、優良物件だと思うんだけどなぁ、ワ・タ・シ?」

「なんかさっきから背筋がムズムズしてしょうがない件」ちょ、ドン引き!?


*** *** *** ***


 そんなことをワイワイと喋っていると、ふと風に乗って猫のような声が聞こえる。

「……ん~?」

「どうした?」

「いや、なんかね、猫の声みたいなのが…いや、これはまさか……」

「その猫の連れかね?」

「……ううん、違う!! これ、子供の声!!」

 言った瞬間、その声の方へ向かって走り出していた。なんで、なんでこんな所に―?

 兄さんが慌てて追ってくる。あぁ、良かった。ちょっと安心。

「……これだ」肩で息をする。まだ少し息が荒い。

「何でまたこげな道端に……」息一つ乱れていない兄さん。さ、流石だわ。

「捨て子にしても、おくるみ一つでなんて変だし、書き置きらしいのも無い」

「車から落っこちた、なんてことも無いじゃろうしなぁ」

「うーん……なんかホントに、唐突にここに放り出された感じ?」

「そうじゃなぁ」

 考えてもしょうがない!! ここは本領発揮といくか!!

「はい、兄さんコレ宜しく」ひょいとミユ様を兄さんに渡す。

 泣いている赤ちゃんを抱き上げ、よーしよしとあやすと、じきに大人しくなり寝息を立て始めた。

 ふと気付くと兄さんがぽかーんとこちらを見ていた。

「何よー?」

「いや……何というか、流石に手慣れとるな、お前」兄さんに抱かれたミユ様が「にゃう」と同意した。

「―っ!! …ふ、ふっふーん♪ 漸くアタシの実力に気付いた?」小児科経験もありますしね!!

「あぁ。ホンマに看護師になったんじゃなぁ、お前。立派なもんじゃわ」優しく笑う。

 ―っっっ!!! こ、この人は時々無自覚にコマシモードが発動するから油断ならない!!

 顔面の筋力を総動員して必死にクールビューティモードを維持するが、水面下では心臓がどエラい勢いで早鐘を打っている。除夜の鐘は向こう10年分は間に合いそうね。

「しかしどうする、その子? 親どころか誰も近くに居る気配が無いが」

「かといってこのまま放っとけないよぉ」

「じゃなぁ。とにかく、近くの交番なり病院なりに連れて行くか」

「うん。どこかに薬局かベビー用品店でもあればいいんだけどなぁ。こっちはなーんも無いし」

「それまで目を醒まさんのを祈るしかないか」

 取り敢えず、お店か病院か交番か―市街地へ行くしかない。

 私が赤ちゃんを、兄さんがミユ様を抱えて並んで歩き出す。

 ちらちらと隣を歩く兄さんを見ながら、あれ、コレって端から見ると親子連れじゃないよ!!と思えてきて、いよいよ維持が怪しくなってきた鉄面皮に朱が差すのを隠すように手許の赤ちゃんを覗き込むように下を向いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る