第56話 縦組みと横組み

 10月9日金曜日。今日は前日の予報と違い、終日曇りの天気でした。台風が日本に上陸しないルートを辿ったからです。このルート変更は、とある能力者の祈りのおかげだとか何とか……。ただし、この物語とは関係ないのでこれ以上は語りません。

 金曜と言えば部活の日なので、パレット達は堂々と視聴覚室に向かいます。とは言え、他の日も別にコソコソしている訳ではありませんが。

 と言う訳で、今日はミッチーが勢いよく教室のドアを開けます。


「ちわーっす!」

「こんにちはー」

「おっ、来たねえ」

「昨日ぶりでーす!」


 ミッチーは相変わらずのテンションで大西先輩の後ろの席に座りました。パレットはその隣に座りますが、人数的な違和感を感じて教室全体を見渡します。


「あれ? 渡部がいない?」

「その内来るでしょ」


 ミッチーが適当に返答していると、同じ言葉を聞いた先輩の顔がニタリといやらしく歪みました。


「おやぁ? もしかして……」

「ち、違いますよっ!」


 パレットが言葉を尽くして先輩の誤解を解いているところで視聴覚室のドアが開き、渡部が入ってきます。彼は相変わらず離れた席に座って、他会員との心の距離は離れたまま。その癖、自分の得意分野の話題になると勝手に近付いて来て一方的に話し続けると言う厄介キャラでした。

 教室に入った渡部は頬杖をついて窓の外を眺めています。この時点で、彼はまだ一言も口を開いていませんでした。


 とにかく、これでメンバーが全員揃ったと言う事で、部長は立ち上がるとそのまま振り返ります。そうして、活動の開始を告げました。


「えっと、今日は……アニメ鑑賞をしたいと……思います……」


 宣言後、部長は持参したパッケージを持って機材の前に向かいます。彼女は手慣れた手付きでディスクをプレイヤーにセットしました。再生されたのは深夜アニメで人気だった作品の外伝的な物語。

 先輩ズは既に何度も鑑賞した作品のようでしたが、パレット達は初見です。なので、2人共目を輝かせながら吸い込まれるように物語に夢中になったのでした。


「うわああ、すごい……」

「絵がグリグリ動いてる、何て贅沢な……」


 物語は一話完結だったので、スッキリと落ちがついて終わります。初見組2人もいい創作の刺激になったと鼻息を荒くするのでした。


「面白かった! 私、ネタが降りてきた気がする!」

「パレチーも? 私もだよ!」

「お? 2人共気が合うんやねぇ」


 2人の会話に大西先輩が入ってきます。パレット達はプライベートな会話を聞かれたような気恥ずかしさを感じて、苦笑いで誤魔化しましました。


「帰ったらプロット書こうかな」

「ここで書けばええやろ? 見ててあげるよ?」

「いや、ちょっと人前で書くのは恥ずかしいです……」

「ま、そうやろね。私もそうやったわ」


 先輩はそう言って笑います。この流れに場は軽い笑いに包まれました。笑い終わった後、何かを感じたミッチーが教室を見渡します。


「あ、渡部帰ってる!」

「女子4人の中に男子1人だからねぇ……居心地が悪いんじゃない?」

「ま、いっか」


 メンバー内での渡部の存在感は、いてもいなくてもどっちでもいいくらいの軽さでした。この2人の会話を聞いていた先輩が頬に手を当てます。


「ラノベやったらハーレム展開もあるかもやのにねぇ」

「それ、女子が男子に全員気がある設定での話ですよ。渡部でそれはないです」

「これが現実やろね」


 一応補足しておくと、渡部は別にブサメンではありません。文才で言えば、そこそこのものも持っています。本人は実力と評価が釣り合っていないと、いつも不満そうなのですが。それでいてここまで相手にされていないのは、やはりあの性格が受け入れられないのでしょう。とにかく、もう教室にいないのもあって彼の話題はこれで終わってしまいました。

 少しの沈黙の後、聞きたい事のあったパレットは先輩の顔を見つめます。


「あの……カクヨムの話をしてもいいですか?」

「ええよ。何でも話してや」

「最近は読む事も頑張ってるんですけど、文字が詰まった作品を読むのがちょっと辛くて……。やっぱり読んだ方がいいんですよね?」


 懇願するような後輩の表情を見た大西先輩は、優しそうな笑みを浮かべました。


「読むんも勉強になるけん、読んだ方がええよ。それと、読み辛い作品は縦組みで読んでみ? 全然違うけん」

「あ、それ知りませんでした。ちょっとやってみます」


 アドバイスを受けたパレットはすぐにスマホを取り出して操作してみます。すると、今まで読むのに苦労した文字の詰まった文章がいきなり読みやすくなったではありませんか。この魔法のような現象に彼女は衝撃を受けました。


「嘘? 読める! 読めますね!」

「古き伝承にあった通りやろ?」

「え……?」


 大西先輩のうろ覚えラピュタネタは普通にスルーされます。少しバツの悪くなった彼女は、慌てて言葉を続けました。


「と、とにかく読みやすさはPVにも影響するけん、標準の横組で読む人向けに割と改行は多めにした方がええやろね。本格的な小説を目指す人は文章が詰まるやろから縦組み推奨ってあらすじに入れるとええかも……」

「改行の目安みたいなのってあります?」

「そこは個人の好みもあるやろけど、私は5行文章が続いたら改行してるかな。でもそこは好みやけん。別に真似せんでもええよ」

「分かりました。参考にします!」


 そこから先も創作談義は続くのですが、話が小説に特化していたために漫画描きのミッチーは会話に参加する事が出来ず、フラストレーションが溜まるばかりです。

 部活後の帰り道でその事を責められたパレットは、終始苦笑いで誤魔化すばかりなのでした。

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