第10話 強さを求めて
「お前のあの強さは、いったいなんだ?」
「私の…強さ?」
「あれが聖なる巫女の力で、光の魔法かなにかなのか?」
うぐっ、いきなり回答に困る質問をされてしまった。
魔物の大軍が攻めてきたというのに光の魔法を使わなかったとあれば、私が聖なる巫女であることが疑われてしまうかもしれない。
いや、そもそも光の魔法が使えない時点で私って実は聖なる巫女ではないのでは?
でもそうなると魔術師ターバの言っていた事がでたらめになってしまう。
………。
やめよう。難しいことを考えるのは。
世を忍んでいた昔と違い、今はありのままの自分でいようと決めたじゃないか。
私は小さく深呼吸すると、嘘偽りなく答えた。
「どちらも違います。あれは私がここへ来る前に身に着けた技です」
ロック様の目が丸くなる。
「わ、技?」
「はい」
「風を起こしたり、火を吹いたりしたやつは、あれは魔法じゃないって言うのか?」
「はい」
「聖なる巫女ってのは…関係ない?」
「…はい」
ロック様は獣耳の後ろをボリボリと掻く。
そんな気はしていたが、いざそう言われると複雑だな、といったところだろう。
剣と魔法の世界でも、少女が魔物を圧倒したり壁を駆け上がったりするのは非常識なことに違いない。
ましてや戦いを専門としている人だ。今までの知識や経験が通用しない話。信じられないのは無理もない。
私は小細工せずにロック様の返答を待った。
頭を掻いていた手を止めると、ロック様はその手で大剣を握る。
その状態でしばらく私を見つめた。
ゆっくりと大剣を抜いた後、その刃が私の顔をめがけて振られる。
あの鋭さでこのまま振り抜かれたら私の顔は真っ二つになるだろう。
しかしロック様からは一切攻撃の意思を感じない。
私は瞬きせずに大剣の行く末を見守ると、大剣は私の髪にだけ触れて止まった。
「きゃああ!」
そこでようやくマリーが悲鳴を上げる。
普通の人には目で追えない一瞬の出来事だった。
マリーの悲鳴を聞いて、周りの兵士たちがこっちを見る。
ロック様は大剣を再び地面に突き刺すと、周りの視線をまったく気にすることなく大笑いを始めた。
「ふははははは、こんなことをされてはさすがに信じざる負えないな」
近くにいた兵士があわててこちらへやって来る。
「ロック隊長、いったい何を!?」
「なんでもねぇよ。自分の仕事に戻れ」
「しかし…」
信頼している隊長とはいえ、聖なる巫女に剣を向けたとあっては一大事。兵士も簡単には引き下がらない。
「私なら大丈夫です。ロック様にちょっと剣を振るところを見せてもらっただけですから」
完全には納得していない様子だったが、何事もなかったように笑う私を見て兵士は持ち場へ戻って行った。
本当になんでもない。ロック様は自分の目で私が言っていることの真偽を確かめただけ。
ロック様は兵士を見送ると、両手を腰に当てて私に向き直る。
「そっか、聖なるなんちゃらみたいな特別な力じゃなくて、ただの技か。
俺は色んな奴と戦ってきたつもりだったが、世の中は広いな」
苦笑しながらロック様はそう言った。
顔つきは大人の男性なのに、その表情はまるで少年のようで、ただ愉快だから笑っている。
「しかも、こんな嬢ちゃんがか。笑うしかあるまい」
そうやって無邪気に笑うロック様を見ていると、私も気持ちがいい。
もしかしたら、こんな風に受け入れてもらえたのは初めてかもしれない。
実力がすべてのクノイチの世界でも、やはり私みたいな小娘が活躍するのを面白く思わない人が大勢いた。直接的な嫌がらせはなかったにしても、妬みつらみはたくさん受けた。
そんな私の不安を、ロック様が豪快に笑い飛ばしてくれる。
実力があれば素直に認め笑顔を向けてくれる。そんな素敵な人だった。
「俺もセツナみたいに壁を走れるようになったら、さらに強くなれそうだな」
そう言ってお城の見上げる。
その言葉を聞いて、私はピンときた。考える前に口が動く。
「よかったら、教えましょうか?」
「はっ?」
再びロック様の目が丸くなる。本日二度目だ。
「ロック様も言っていた通り、あれは特別な力じゃないです。
練習してコツさえ掴めば誰だってできる技です」
「…マジか?」
「大人になってからは難しいはずですけど、あれだけの身のこなしができるロック様なら、きっと体得できるはずです」
「俺にもあの技が…、セツナに教えてもらえば…」
ロック様はぶつぶつと独り言を始める。
たまに私の方とちらりと見ては、また地面に視線を戻す。
私の忍術を覚えれば新しい見地を得られるが、少女に教えを乞うのが恥ずかしいといったところだろう。
でも私はわかっている。ロック様は恥の一つや二つで強くなれる機会を逃すような人ではない。
少しだけ待っていると、意を決したロック様が顔を上げる。
「三日後、城の復興が落ち着いている頃だろうから、その、伝授…してくれねぇか?」
指で三を作り、ちょっとだけ顔を赤らめながらロック様が提案してきた。
ふふ、思わず笑ってしまう。まさか私の一番弟子が、こんな屈強な男性になるとは夢にも思わんかった。
「笑うんじゃねぇ」
「あはは、ごめんなさい」
恋愛にはまだ程遠いし、なんだかゲームとは違った関係になってしまったけれど、これは一歩前進かな。
横で何が何やらわからずぽかんとしているマリーにはちょっと悪いけど、このひと時をもう少しだけ楽しませてほしい。
「まぁいいや」
ロック様が近づいてきて、私の目の前に立つ。
近すぎて顔が見えなくなり、私は見上げた。すると見下ろすロック様と目が合う。
へっ!?これって?
ロック様の表情が、いつの間にか大人の男性になっている。
そして、そっとその手が私の顔の横へくる。
顔を上げたってことは、あごがクイッとなっているわけで…。
唇をロック様に向けているようなもので…。
えっ?まさか、本当に?
ロック様の顔がこちらへ近づいたのがわかると、思わず口をきゅっと閉じて目をつぶってしまった。
わしゃわしゃ。
大きな手で、私の頭が雑に撫でられる。
せっかくとかしてもらった髪があっちゃこっちゃにいっているのは見るまでもない。
「今まで悪かったな」
しっとりとしたダンディボイスが私の耳をくすぐる。
私の顔がみるみる赤くなっていくのを感じる。
これは勘違いが恥ずかしいだけじゃない。
頭を撫でてもらうのは初めてなのだが、まさかこんなに気持ちいいなんて…。
「ロック様、もうおやめください」
マリーが割って入り、せっせと私の髪を整え始める。
これはこれで気持ちいいのだが、男性にやってもらうのと女の子にやってもらうのはまったくの別世界であることを知った。
「ふはは、そうだったな。セツナは聖なる巫女だったな」
もう私が聖なる巫女であることをイジってきている。
キョウヤ様とは大違いだ。こんながさつな人でも隊長になれるものなのだろうか?
でもまぁ。
そのがさつさが親しみだと信じよう。
「じゃあ三日後、絶対だからな」
ロック様は最後にそう言うと、城壁の方へと歩いて行ってしまった。
すれ違う兵士たちに声をかけていき、笑い声が聞こえてくる。
みんな大人だというのに、まるで高校の部活を眺めているようだ。
「あの、セツナ様。大丈夫でしたか?」
ようやく一段落ついて、マリーが私の安否を確認する。
考えてみれば、相手がロック様とはいえ私に何かあったらマリーの責任がとわれてしまうかもしれない。
「大丈夫。ねっ、やさしい人だったでしょ?」
「はぁ…」
マリーにはいまいちロック様の良さが伝わらなかったみたいだ。
三日後か。
だいぶ日が空いちゃうけど、ちゃんと修行のメニューを考えないとな。
私とマリーはお城の中へと戻って行った。
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