第9話 いつかくる未来のために

ちょっとだけ状況を整理しよう。


私はクノイチの任務中に死んでしまい、聖なる巫女としてこの世界に転生した。

この世界はイケメンナイツというゲームそのままであり、ほぼゲーム通りに事が進んでいるが、いくつか異なる点がある。

一つ目は、時間が有限であり、魔物との闘いが自動的に始まってしまうところ。

二つ目は、私は聖なる巫女でありながら、光の魔法が一切使えないところ。

この二点から考えられる最悪の結末はバッドエンドである。

なぜなら、どんどんインフレしていく魔物の強さに対抗するには、光の魔法も強くなっていかなくてはならない。

今はまだ忍術でなんとかなりそうだが、いずれ時間を操ったりと物理的にどうしようもない魔物が現れる。

そうなってしまった場合、さすがの私もお手上げなので光の魔法が絶対に必要になる。


現状、どうしたら光の魔法が使えるようになるかわからない。

けれどヒントになり得そうなモノはある。

それが恋愛だ。

イケメンナイツは勝手に強くなっていくが、光の魔法はイケメンナイツたちの好感度に比例して強くなっていく。

だから、イケメンナイツたちとの交流を深めれば、光の魔法の秘密に近づけるのではないかと私は考えている。


故に、これからの私の最優先事項はやはり恋愛なのだ。

やりたい事とやらなければならない事が一致している。

しかも相手はありえないほどのイケメン揃い。


いつ絶対絶命になるかわからない不安と、おそらく下がっているであろう好感度が気になるが、

モチベーションがかなり上がってきている。


「やるわよ私。未来もイケメンも手に入れる!」


そうと決まれば今日は寝よう。

私はひらっひらの綺麗なネグリジェをマリーに着せてもらい、ふっかふかのキングサイズベットで眠りについた。


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翌朝、朝支度をして朝ごはんをいただいていると、マリーから今日の予定を教えてもらう。


「お城の復興が最優先ですので、今日の予定はありません」


「ということは、何をやっていてもいいの?」


私はジャムを塗ったパンを食べながら聞いた。

これがまたおいしくて、果実をしっかり楽しめる高級な味わいに私の食欲が止まらない。


「そうですね…。お城を離れなければ大丈夫かと思います」


そして、そのパンを食べた後に飲むノンシュガーのカフェオレがまた絶品。

カフェオレでもノンシュガーはまだちょっと苦くて苦手だったのだが、あのジャムの甘味が残っている口に含むといい感じに混ざり合い、ミルクの甘さとコーヒーの風味を楽しませてくれる。

私の味覚が少し大人になった瞬間だった。


「じゃあ、キョウヤ様のところに行きたい!」


ようやく私のお腹が満たされ、口を軽く拭いて席を立った。

テーブルには空になったお皿やコップが並んでいて、これを洗うどころか下げなくてもいいなんて、まるでホテルの朝食バイキングである。


「キョウヤ様は、今日はお城にいらっしゃらないと思います」


「えっ?そうなの、なんで?」


「第一騎士団は城下の見回りだと聞いていますので、おそらくその指揮のため出ているかと」


「じゃあジル様は?」


「ジル様は魔術塔にいらっしゃると思いますが、今日は中に入れてもらえないと思います。

復興のための魔法道具を作成されていますので」


「むー…、じゃあアッシュは?」


「アッシュ…様ですか?すみません、どのような方ですか?」


「えっと、中分けの赤い長髪で、槍を武器にしている人」


「…申し訳ありません。私にはわからないです」


そうか、アッシュはまだ一般兵だからあまり知られていないのか。

今度会ったらどこにいるのか聞いておこう。

となると残るは…。


「それなら、ロック様は?」


「ロック様でしたら、城壁の修理に当たられていると思います」


今日会えそうなのはロック様だけか。

今のところ一番好感度が低そうだからもう少し後にしたかったけれど、しかたない。


「ロック様に会いに行きましょう」


「わ、わかりましたが、お邪魔になってしまうかもしれませんよ?」


マリーが少し不安そうに忠告した。

あの強面で怒られたらたしかに迫力がありそうだ。普通の女子なら二度と近づかないレベルで怯えてしまうことだろう。


しかし、極悪人を相手に戦ってきた私からしたらまだかわいいものだ。

っていうか、むしろかわいい。

あのもふもふした獣耳に、ちらりと見える八重歯。

好感度が上がると笑顔が素敵な頼もしい男性になっていたりする。


「大丈夫だよ。あれでけっこうやさしい人だから」


「そうなんですか?」


何を根拠にしているのだろう?とマリーの顔に書いてある。

ゲームではね。なんて説明できたらどんなに楽だろうか。


さっそく私はマリーと共にロック様がいる城壁にやって来た。

城壁は丈夫に作られていたためかあまり損傷は見られない。その分汚れがかなり目立っていて、兵士たちが総出で清掃を頑張っていた。

それを、腕を組んで眺めている大きな男が一人いる。隣に大剣を突き刺し、さぼっている奴がいないか目を光らせていた。


「おはようございます。ロック様」


顔だけ向けられたロック様の目が少し細くなり、少したれていた獣耳がピンと立つ。


「聖なる巫女…たしかセツナだったか。なんの用だ?」


相手が私だとわかると、視線を城壁に戻されてしまった。

彼とのスタート地点の低さが伺える。


「用ってほどでもないんだけどー…」


困った。こういう時はなんて言ったらいいのだろう?

ゲームだったら主人公が勝手に話を進めてくれていたが、今は私自身で考えて話を広げなければならない。

クノイチであることが原因で、私は現実で恋愛など1ミリもしたことがない。

言い寄られたこともなければ言い寄ったこともない。

恋愛物はいくつも観てきたつもりだが、いざとなると何も出てこないものだ。

ましてや相手は大人の男性。おまけに異世界の住人。

私とロック様の間に、いったいどんな話題があるのか?


「お、お仕事の方はいかがですか?」


「あぁ、順調だよ。お前のおかげで戦闘が長引かなかったからな」


なんだか棘のある言い方だ。

始めて会った時といい、良くも悪くも、ロック様が一番私の強さに関心を持っている。

賭けになるが、試しにその辺の話題を振ってみよう。


「その、ロック様は戦うのが好きなんですか?」


「あ?なんでそんなことを聞く?」


「体をかなり鍛えているようですし、昨日もいきいきしていたように見えました。

私の気配についても気づかれていたり、何か目指しているものがあるのかなーなんて」


うぅ…うまい言い回しが思いつかない。

かえって挑発的な言い方になっていないといいけど。


ロック様は依然として腕を組んだまま、こちらを向いてくれない。

けれど、獣耳がひくひくと動いている。

私の声は届いていて、何かを考えてくれているようだった。


ロック様の返事を待っている間、改めてロック様を観察する。

大きく育った筋肉が目立つが、全身を丁寧に鍛えてあるのでバランスが崩れることなく、むしろ美しいフォルムになっている。

特にたまらないのが露出している腰回り、かっこいいシックスパックが浮き出ている上に、しっかり絞られていて細めに見える。ズボンを若干浅く履いているのでエロさも半端ない。

さらにポイントが高いのは毛深くないところ。乙女ゲーキャラだから当然と言えば当然なのだが、こうして目の当たりにすると清潔感がほとばしっている。


「目指しているものか、たしかにあるっちゃあるな」


私がロック様を舐めるように見ていると、そんな回答が返ってきた。


「やっぱりそうなんですね。それってなんですか?シンプルに最強とか?」


「…最強ねぇ」


ぽつりとロック様が言うと、組んでいた腕を解いてこちらを向いた。

その目は、怒りとか不信感とかはなく、初めて見るロック様の普通の眼差し。


えっ?なに?

今までずっとつんけんしていたのに、急にそんな風に見られると照れる。


「なぁセツナ、一つ聞いてもいいか?」


ロック様が少しだけ躊躇いがちに聞いてきた。

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