第8話 バッドエンドの気配
雷遁の術は、半分が相手に苦痛を与えるような術なので基本的には尋問用だった。
悪い人たちが痛い目を見るのは自業自得だと思っているけれど、やっぱり痛い事はされたくないししたくない。
だから私は雷遁の術があまり好きではないのだけれど、今回ばかりは習得しておいてよかったと思った。
あの程度の強さだと、他の術だったら一瞬で終わってしまう。
おっとっと、魔物とはいえ苦しめたことを自己肯定してはいけない。命のやり取りが多いクノイチだからこそ、そこをはき違えると外道に落ちてしまう。
そんなことよりマリーだ。魔物につけられた傷、治るといいんだけど…。
「マリー…ィ…」
私はキョウヤ様たちの所へ投げられたマリーの元へかけて行こうとした。
けれど、得体の知れないモノを見るみんなの視線が私の足を止める。
ボスが倒されたのが起因しているのか、周りはすっかり静かになっていた。
それ故に、事の重大性がひどくのしかかって来る。
「あの…みんな?」
自分でもわかっている。
騎士団長のキョウヤ様ですら、クノイチの私には到底及ばない。
彼には、いいえ彼らには異次元の強さを見せつけてしまったことになる。
自分たちがこれからお守りするはずだった聖なる巫女は、自分たちの何倍もの強さを持って、自分一人で魔物を退治できました。なんて現実を突きつけられては、ジル様にも言われた通り彼らの今までを否定したことになってしまったかもしれない。
もちろん、私が魔物を倒した事も、私の方が強いという事も決して悪いことではない。
ただ、人間誰しもプライドというものがあり、それは道徳や理屈だけではどうにもならない。
「…キョウヤ様、マリーは無事ですか?」
私の声がようやく届き、はっとしたキョウヤ様が気絶しているマリーを確認する。
「だ、大丈夫です。気を失っているだけです」
キョウヤ様は彼女を抱えて立ち上がる。
「ロック、ジル。セツナ様を頼む」
そう言い残して、キョウヤ様はお城の中へと消えて行った。
「あの傷なら、残ることもないだろう」
ジル様がぽつりと言う。
「お前はー…って、大丈夫そうだな」
ロック様も一応私を気遣ってくれた。
「は、はい」
なんて言ったらいいのだろう?
皆さんも怪我はありませんか?なんて聞くことすらなんか躊躇われる。
「そっか、じゃあ俺は部下の安否確認に行ってくるぜ。
お前は自分の部屋に戻っていてくれ」
「私も研究所に被害が無いか見るとしよう」
ロック様とジル様は、そのまま別の場所へ行かれてしまった。
残されてしまった私は、ロック様に言われた通り自分の部屋へ戻ることにした。
お城の中はとても慌ただしく、激しい戦いがあった形跡が至る所にあった。
廊下の壁にもたれかかっている兵士たち、治療道具を持って走る淑女たち。
部屋まで案内された時とは違い、今は誰も私を見てくれはしなかった。
とはいえ誰かにぶつかることなく、私はすんなり自分の部屋へ戻る。
何か手伝った方がよかったのではないかと思ったが、病院で見たような魔法の道具が使われていたのでおそらく私では役に立てない。
私の部屋は無事だったようで何一つ壊れていなかった。
椅子に座り、ただじっとする。
ドアは閉じてあるが、微かに慌ただしい物音が聞こえてくる。
でも私は一人静かな部屋にいるしかない。
あれだけ浮かれていたのが嘘のようだ。
「これからどうなるんだろう?」
寂しい気持ちがこみ上げてきて、独り言としてあふれ出る。
コンコン
私が静かに傷心していると、ドアがノックされた。
「はい」
「あっ、よかった聖なる巫女様。ちゃんと戻っていたんだ」
キョウヤ様ではなく、軽くて陽気な男性の声だった。
「俺ここに入っても、じゃなくて、俺はアッシュ=デュオロンっていいます。キョウヤさんに言われて様子を見に来ました」
「アッシュ!」
「あれ?俺のこと知ってくれてたの?光栄だなー」
聞いたことある声だと思ったら、彼もまたイケメンナイツの一人だった。
私は小走りでドアまで向かい、彼を出迎えた。
ドアの向こうにいたのは、中分された赤い長髪の騎士だった。
気のない感じで長い槍を携え、この距離でひらひらと手を振っている。
若干眠そうな目をしているがそれはただの外見的特徴で、声の印象の通り明るくて接しやすそうなキャラだったのを覚えている。
チャラい印象が強いが、キョウヤ様を目標に日々努力していて誠実な一面がある。
「おー、さすが聖なる巫女様。きれいな髪をしてますね」
面と向かって開口一番が褒め言葉だった。
そういうキャラだとわかっていても、現実にこうして目を見ながら言われるとドキリとする。
「ありがとう、ございます」
「うん、見たところ怪我も無いみたいだし、本当によかった」
うんうんとアッシュが一人頷く。
そういえば、キョウヤ様に言われて来たって言っていた。
なんて言われたのか気になるな。
「キョウヤさん、巫女様のこと心配してたよ」
「えっ?」
心を読まれたかのようにすっと私が聞きたい事がでてきた。
「なんか、巫女様に嫌な思いをさせてしまったかもしれないって言っていて、あの人ってあの顔で女子が少し苦手なのよ。それで勝手に気に病むことがたまにあってね」
へへへと屈託ない顔で笑う。
思わず私もつわれて少し笑ってしまった。
「私は大丈夫です。キョウヤ様の方は大丈夫ですか?」
「えっ?キョウヤさんどこか怪我しているの?」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど…」
「大丈夫だよ。あの人強いから、やさしいなー巫女様は」
「そんなことないよ」
「いやいや、そうやって合わせている手に力が入っているあたり、気遣いが漏れてますよ」
「ちょっと」
そう指摘されて私は照れて手を後ろに隠した。
なんだろう。気安いというか、慣れ慣れしいというか、別に嫌ではないけど調子が狂う。
その証拠に、私のしゃべり方が女子高生の時に戻っていた。
気がつけば、気持ちが緩んで少し楽になっている。
ゲームの世界でイケメンナイツと恋愛できることに夢中になり過ぎていたが、私は一人異世界にやって来ているのだ、自分で思っている以上に精神的には疲れていたのかもしれない。
「聖なる巫女って聞いてどんな人かと思ったら、年相応の女の子か。
歳も近そうだし、よかったら仲良くしてね。仕事柄そんなに気安く会えないけど」
「うん、私の名前はセツナ=モチヅキ。これからよろしくね」
すると、アッシュはきょろきょろと辺りを見渡す。
「よろしくね、セツナちゃん」
アッシュは指をピッと立てて、これまたチャラい振舞いをする。
この感じはどの世界でも共通なのだろうか?ちょっと笑えてくる。
「もしかして、ちゃん付けするために確認したの?」
「はは、バレた?でもなんか、そっちの方がいい気がしてね」
気のせいかもしれないけど、アッシュはこの雰囲気に和んでいる私を感じ取ってくれたのだろう。
ゲームでも、さりげなくフォローしてくれるキャラだった。
「うん、でも気を付けてね。キョウヤ様がいたら怒られるんじゃない?」
「だな」
二人で笑い合った後、アッシュは自分の仕事へと戻って行った。
再び部屋がしんと静まり返る。
でも、さっきみたいに気持ちまでは沈まなかった。
よく考えてみれば、伝説とされているクノイチの末裔である私が、ゲーム通りのザ・ヒロインをできるわけがなかったんだ。
正体を見せるタイミングはよくなかったかもしれないけど、いずれ知られる事だと割り切ろう。
重要なのは、その上でいかにアピールできるかだ。
クノイチだった時のように世を忍ぶ必要はない。ここではありのままの自分でいていいはずなのだ。
そしていつかは、彼らと力を合わせ魔王を倒し、平和になったこの国で幸せになる!
………魔王を倒し?
……力を合わせて?
…力ってクノイチの?違うでしょ、聖なる巫女のだよね?
ちょっと待って!
私は聖なる巫女だけど、光の魔法なんて使えないよ。
しかも、ストーリーは容赦なく進んで行くんだよね。
ってことは、このまま光の魔法が使えないと…。
バッドエンドを迎えちゃう?
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