第7話 聖なる巫女の実力

イケメンナイツというゲームはおおまかに二つのパートに分かれている。

一つは言うまでもなくイケメン達との恋愛パート、そしてもう一つは魔物と戦うパートである。

恋愛パートにも影響があるものの、メインストーリーは戦うパートにあり、ボスを倒すと次のストーリーに進める仕組みになっている。

ただ、あくまでも恋愛パートに重きを置いているので、時間経過でイケメンナイツが十分強くなったら連絡があり、プレイヤーはゲームの指示に従ってボスを倒すだけだった。

しかも、放置していても世界が悪化するようなことはないので、じっくりパートナーを決めてからゲームを進めることができる。


私が転生した世界はゲームそのままの世界だと思っていた。

けどそれは間違いで、時間だけは無限にとはいかなかったらしい。


いやいや、それにしたって早すぎでしょ。

私がここへ来てまだ初日だよ?


なんてことを考えていると、数匹の魔物がこちらへ飛んできた。


「あぶない!」


マリーが私を庇う。なんてできた人なんだ。

まだ会って一時間くらいしか経っていない女子の盾になれるなんて。

ただ、私に限ってはその行動は困る。これではかえって身動きがとれない。


「ちょっと、マリー離して」


このままじゃやばい。

そう思った時、地面が揺れて岩の槍が飛び出し、魔物達を串刺しにしていった。


「グランドスピア」


ジル様がかざした右手の前に、光で書かれた魔法陣が浮かんでいる。

すごい、本物の魔法だ。きれいだなー。


「なにをしている。早くここから立ち去れ」


ジル様が私たちを追い払うように手を振り、魔法陣が一緒にかき消える。

色々因縁を付けられたがさすがイケメンナイツの一人、頼りになる。

あれくらいの魔物ならなんともないけど、マリーを巻き込む可能性があるし、ここはご厚意に甘えて逃げさせてもらおう。

あぁー、すごく姫っぽい。いつもは逃がす側だったからね。


私とマリーはお城の中へ避難しようとしたが、魔物の大群がその行く手を阻んだ。

これって、もしかして私を狙っている?


「ちっ、厄介な。アイスニードル」


ジル様が無数の氷の棘を放ち、次々と魔物を倒していく。

しかし、数が多すぎて何匹か逃し、私たちへ向かってくる。

しかたない、ここは私が…。と思った瞬間、何かが落下してきた衝撃で地面が割れ魔物たちが吹き飛ばされる。


「おう、助けに来てやったぜ。必要なかっただろうけどな」


そんな憎まれ口を叩き、地面に刺さった大剣を引っこ抜いてみせたのはロック様だった。

あれだけの大きな剣、相当な重さがあるに違いない。それなのに片手で軽々と振り回し、襲い掛かっている魔物を真っ二つにしていく。

見た目や口調とは異なり華麗な体裁き、あれはまるで狼、荒々しくも美しい狩り。

設定通り戦うのが好きなのだろう。廊下で会った時とは打って変わりいい顔をしていて、たまに顔を出す八重歯がキュートであった。


「おい後ろ!」


いけない。また見惚れてしまった。

私にこんな悪癖があったとは初めて知った。でも、かっこよすぎるイケメンが悪い。

気配が二つ。これなら簡単に…と思っていると、またもや魔物が誰かの手によって倒される。

私が振り返った時には細切れになって地面に落ちていた。


「二人とも、大丈夫ですか?」


切ったのはキョウヤ様だった。

地面から地面へ、地面から壁へ、壁から再び地面へ。キョウヤ様が自由自在に飛び回り魔物を切り伏せていく。

まさに一閃。キョウヤ様が通った後に残る魔物はなく、言うなれば一瞬で獲物を捕らえる鷹。ひるがえる白いコートは翼そのもの。

洗礼された剣術と雄々しい気迫がなにものも逃がさない。

魔物を見据える鋭い眼差しは魔性の魅力も秘めていた。あれを目で追える幸せ、クノイチに生まれてよかった。


「ここはあらかた片付いたな」


「まったく、いったい何事ですか?」


「まだ気を緩めるな。終わったわけじゃないぞ」


気が付けば、イケメンナイツ三人の活躍で魔物が一掃されていた。

大剣を肩に乗せ余裕を見せるロック様。

少し疲れが見えるが次の魔法を準備しているジル様。

まだ警戒を解かずに剣を構えているキョウヤ様。

この並び、スマホがあったら待ち受けにしたい。


「何をぼさっとしている、早くいけ」


ロック様に言われ、私とマリーはお城へ走った。


「きゃっ」


私の斜め後ろを走っていたマリーが転んでしまう。


「マリー!」


「大丈夫です。セツナ様は早く中へ」


ストン


地面に倒れているマリーの上に、蜘蛛の糸のようなものが垂れてきた。

それはマリーにへばり付くと、マリーを一気に吊り上げ宙づりにする。


「きゃーーーー」


さらにどんどん空へ登っていき、マリーが叫び声と共に小さくなっていく。


しまった、私としたことが。

こんな状況なのに、守ってもらえる立場に甘え切ってしまっていた。

いくらイケメンナイツがいて、魔物が大したことなくても、マリーは普通の女の子であり、ゲームと違い何かあればただでは済まないというのに。


マリーは、蝶の羽を生やした八足の魔物に捕まった。

羽以外は蜘蛛であり、顔にはたくさんの目が付いている。


「ヘルズオーネット様、捕まえましたぜ」


マリーを捕らえた蜘蛛が喋った。


「ばかやろう!そっちじゃねえよ!」


それに答えたのは、ボスであるヘルズオーネット。

嫌な羽音を立てて、マリーに近づく。

こちらも見た目は完全に蜂だが、体つきがやや人間に近く、お尻に近い脚が一番発達していて二足歩行もできそうだった。


「まぁいい、こいつの命が惜しかったら聖なる巫女と交換だ」


ボスはお尻から太い針を出すと、それをマリーの首元に近づける。


「なんて卑劣な…」


人質を取られては、イケメンナイツも迂闊に動けない。


「セツナ様!私には構わず…」


「うるさい!お前はしゃべるな!」


蜘蛛がマリーの顔に傷を付ける。


それを見て、私の中で何かが切れた。

マリーは今日会ったばかりで、まだ仲良くなんてなれてない。よくしてくれるのも仕事だから。

でも、これから楽しい事がいっぱい待っているのに、大事な身をていして私を守ってくれた人。

そんな人の顔に傷をつけ、あまつさえ殺そうとしている。

許せない。


「わかったわ。私と交換よ」


私は空に向かって大声でそう答えた。


「いい答えだ」


ボスが下種な顔で笑う。


「セツナ様!」


「みんなは動かないで!」


私に駆け寄ろうとしたキョウヤ様を制止する。


「おい」


「わかりました」


ボスと蜘蛛が私に近づいてくる。

ボスは私の目の前を飛び、蜘蛛は背を向けマリーを盾にしながらキョウヤ様たちを牽制する。


「へへ、人間にしては度胸があるな」


私は何も答えず、ただじっとヤツの目を見つめる。


ボスが私を四本の足で掴む。


「おい、いくぞ」


ボスの合図と共に、蜘蛛はキョウヤ様たちめがけてマリーを投げつけた。

三人がマリーに気を取られている内に、私を連れ去る算段だったのだろう。


が、マリーを離した時点でこいつらは終わったのだ。


私は、予め練っておいた氣を使いボスの足をすべてへし折る。


「…はっ?」


飛び上がったはずなのに、私と自分の足が付いてこないボスは間抜けな顔になる。


「風遁の術:衝甲波」


氣で風の流れを操り、ボスを地面に叩きつける。


「グギャァァァ!」


ボスの苦痛に満ちた叫び声。

そんなことはお構いなし。私は攻撃手を緩めない。


「土遁の術:粘土錠」


地面から粘土がツタのように伸び、ボスを締め上げていく。


「雷遁の術:電殿太鼓」


ボスの体にある電子を暴走させ、全身に苦痛を与える。

必死にこの場から逃げようとするが、私の粘土錠はそう簡単には外れない。

体を痙攣させながら、少しだが煙を上げ始める。


「お…お前は…いったい…」


電殿太鼓を止めると、ボロボロになった口でボスは最後にそう言った。


「聖なる巫女だよ」


私は火蜥蜴でボスであるヘルズオーネットを葬ってやった。


「な、なななな…?」


何が起こったのかすらわからずボスがやられた蜘蛛は、チリとなったボスを見て我に返り、あわてて逃げようとする。


もちろん、マリーの顔に傷をつけたあいつも逃がさない。

私はハイヒールを脱ぎ捨て、足に氣を集中させるとお城の壁を駆け登る。


「はぁ!?」


逃げながら振り返った蜘蛛が私をみて変な声を出す。

馬鹿だな。振り返らなければもう少し楽に死ねたのに。


「風遁の術:八艘(はっそう)飛び」


お城の壁だけでなく、空中を蹴って蜘蛛へ接近する。


「あ…あぁ…」


蜘蛛の目が諦めの色に染まった。


「風雷遁の術:閃光花火」


蜘蛛は、突然現れた空気の渦に切り刻まれ火花を散らす。

遠目には綺麗に見えるかもしれないが、中は雷の嵐。

終わったころには、何も残らない。


私は重力に身を回せて落下すると、地面すれすれでくるりと回って着地した。

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