第6話 私の魔法を見てください

「ジル様。こちら、聖なる巫女として参られたセツナ様です」


マリーは少し怯えながら私を紹介してくれた。


「聖なる巫女?」


ジル様は机に腰をつけ、品定めするかのような目で私を見る。

私の目の位置から、ゆっくりつま先まで眺められた。

本来だったら嫌悪するような態度だが、イケメンのちょっとやさぐれた視線にゾクゾクする何かを感じる。決して蔑まれたいわけではないのだが、あぁ…うまく説明できない。


「お前のような奴がか?」


ジル様がひっかかる言い方をする。


「お前のような?」


意味が知りたくてオウム返しする。

それに対し、ジル様は少し嫌そうな顔をした。それもまたかっこいい。


「お前からは魔力をまったく感じない。魔法が使えないのに聖なる巫女とは、詐欺師か何かではないだろうな?」


気配が無ければ魔力も無い。

そんな私が聖なる巫女なのか?そう言われてしまうと納得しそうになってしまう。


あれ?というか、この流れゲームと違くない?

ゲームだったらジル様が私の魔力に興味を持ってお近づきになれた気がするんだけど…。


「はっ!!」


私はとんでもなく重大な事に気が付いた。

ゲームなら、主人公は最初の魔物に襲われた際、光の魔法を使ってキョウヤ様を援護するシーンがある。

しかし私は、キョウヤ様が助けてくれる前に素手で全部倒してしまった。

よく思い出してみると、主人公の切なる願い的な何かをトリガーに光の魔法が出現したような…。

切なる願いって何?神よキョウヤ様を助けて的な?


しかも、その光の魔法をキョウヤ様が見たことで聖なる巫女と確定していた気がする。

あぁ、だから私の場合は"今は聖なる巫女とする"みたいな対応だったのか。

山でたまたま魔物を倒していた私と、魔術師ターバの証言だけじゃ物足りないもんね。


「なんだ?」


突然物思いにふけった私に、ジル様の冷たい視線がさらに注がれる。


「すみません、なんでもないです」


まずい状況であることはわかった。

このままではジル様との進展が断たれてしまう。

なんとかして、ジル様の興味を引かなくてはならない。


「あの、聖なる巫女である証拠…らしきものをお見せできたら、認めていただけますか?」


この状況で光の魔法を使えるようになるのは不可能である。

それだったら、イチかバチかやれるだけのことをやってみよう。


「証拠?」


ジル様の疑いの目は変わらない。

目を細め、軽く首を傾げる。白髪はまっすぐ下へ垂れ下がり、ジル様の目にかかった。


「セツナ様?」


私の申し出を聞いて、マリーが心配している。


私は二人と共に外へ出る。

入口の所で二人には待っていてもらい、私は少し離れた所に立つ。

ジル様は腕を組んで期待していないような態度。

魔術師らしく私に魔力が無いことを感じ取っているわけで、その上で証拠を見せるといっているのだから疑わしい。

その認識を私は覆さないといけない。私を待っている甘い巫女生活のために。


心を落ち着かせてお腹の辺りに氣を溜める。

氣とは人間の精神エネルギーのようなもので、クノイチは氣を操ることで人間離れした技を可能にしている。

そして、氣は自然や物に干渉して超常現象を起こす忍術としても使われている。


ん?


私の中に大きな疑問が落ちてくる。

私はジル様に興味を持ってもらうために、忍術を魔法に見立てて披露しようとしている。

忍術で魔法を演出する…。

忍術は魔法に似ている?

生まれた時から当たり前のように使い、私の日常の一部だったから、それが魔法のような不思議なモノであることなんて考えたことなかった。


「おい、まだか?」


すらっと伸びた体に、風になびく衣装。おまけに背景は雰囲気のあるレンガ。

未だ何もしない私に焦れるジル様は、ただ立っているだけでも絵になる方だった。


「すいません、もうちょっとまってください!」


えーい、見惚れている場合でもなければ、考え事をしている場合でもない。

今は忍術に集中しなければ!

私は氣を練り直し、練った氣を右手に集中させて、親指と人差し指で輪っかを作って口元に近づける。


「火遁の術:火蜥蜴(ひとかげ)」


指の輪っかに息を吹き込むと、まるで口から火を噴いているように火柱が立った。

氣を燃焼エネルギーに変換して行う基本忍術の一つである。


ボオッ!と音と熱を発した炎が、ジル様とマリーを照らす。


「いかがですか?」


一番光の魔法っぽいのはこれだと思う。果たして?


ジル様は体勢こそ変えていないが、表情には明らかに驚きが見えた。

ドキドキする。あの表情はいったい何を意味しているのだろう。


「おい…」


静かにジル様が口を開いた。


「今のは何だ!?」


「えー?!」


あれはあきらかに怒っていた。

ジル様が大股でこちらへ歩いてきて、私の右腕を掴む。


「いったいどんなインチキを使った?」


ジル様が袖をまくり上げて腕を確認する。

しかし、当然そこには何もなく、程よく筋肉が付いた私の腕があるだけである。


「ぬぅ…」


ジル様が納得いかない様子で唸る。


「セツナとかいったな」


「は、はい」


「この状態でもう一度やってみろ」


「えっ?でも熱いですよ?」


「構わん!」


ジル様の両手で右腕を掴まれた状態で、私はもう一度忍術を準備する。

うー、袖とはいえいきなり捲られるとドキッとした。

しかも今は肘の辺りを握られている。しゅ…集中できない。


とはいえ、思っていたのとは違うが興味を持ってもらえた。

ここでもう一押しすれば。


「火遁の術:火蜥蜴(ひとかげ)」


さっきよりは弱火で披露する。

舞い上がった炎がジル様の髪を吹き上げ、光がジル様の肌にくっきりとした明暗を作る。

風に乗って色気が流れてきているのかと思うほど、うっとりとする顔立ちでした。


炎が消えると、ジル様が私の顔をまっすぐ見る。

ち、近い。

さきほどまでと違い落ち着いた様子でジル様が私に問う。


「これは…本当に魔法なのか?」


ちょっと躊躇われるが、ここは言わざる負えない。


「は、はい」


ジル様が私の腕を離す。

そして、ぶつぶつと小声で考え始めると、静かに笑い始めた。


「ふふふふふ」


それはまさにマッドサイエンティスト。


「面白いじゃないか…、魔力が無いのに魔法が成立している。

魔法とは自然界に魔力を納めることで四大元素の力を借り、様々な現象を発生させること。

さらに、魔力を加工することでよりこちらが意図した現象にするための方法が術式であり、それを学問として高度な技術に発展させているのが魔術。

私は魔術を極めることでさらにこの世の真理に近づこうとしているのだが…」


なんて感じのよくわからないことをつふやき続けている。

こんなシーン、ゲームにもあったような気がする。

ということは、うまくいったってことかな?


「おい、セツナ」


「はい」


「お前は…私を否定しに来たのか?」


「……………はっ?」


ジル様の情緒が不安定になっている。

笑っていたのかと思えば、今度はすごい形相でこちらをにらんできている。

なんで?面白かったんじゃないの??


「魔力を使わずに魔法が使えるということは、自然界そのもの、少なくと人間よりも高次元な存在。

それではまるで、私はお前よりも劣っているみたいじゃないか?

いや、それよりも………聖なる巫女とは、そういう存在なのか?」


聖なる巫女だと認めてもらうことはできたようだが、思っていたのと違う。

ゲームだと、もっと光の魔法を見せてくれとか、私の理論を聞いてくれとか、もっと友好的な感じだったんだけど…。


「ふふふ、いいだろう。お前のことを認めてやる。

ただし、お前にもかならず私という存在を認めさせてやるからな」


…これではまるで、少年漫画のライバルだ。


カーン!カーン!カーン!


私の心境をさらに追い込むかのように、突然大きな鐘の音が何度も響いた。


「魔物だー!魔物の大群が攻めて来たぞー!」


お城中が騒ぎ始める。


「セツナ様!すぐに避難を!」


マリーが走り寄ってきて私の手を取る。


ブーーーーン!


虫の羽音が聞こえてくると思ったら、どんどんそれは大きくなっていき、まるでお城を包み込むように響き渡る。

そして、急に暗くなったと思い空を見上げると、数えきれないほどの魔物が飛び回っていた。


そこには、ひときわ大きな蜂に似た魔物がいる。

私はそれを見たことがある。

あれは、ゲームストーリーのエピソード1で出てくるボスだった。

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