第5話 影のある男
「ここがセツナ様のために用意したお部屋です」
キョウヤ様にドアを開けてもらうと、そこにはゲームで何度も見た主人公の部屋があった。
大きなピンクのベッド、窓に飾られた植木鉢、白くてかわいい化粧台。
広すぎず、でも解放感がある。
絵とは違うリアルなお姫様の部屋。
「すごい」
思わずため息が出てしまう。
クノイチの末裔だけあって、私の周りは基本的に和式である。
だから、こんな洋式の部屋に憧れていた。
「気に入っていただけたようでうれしいです」
私の満面の笑みを見て、キョウヤ様も笑ってくれている。
「はい!本当に今日からここに住めるんですね。まるで夢のようです」
これが現実だと受け入れてはいるものの、こうも理想的な展開が続くと夢ではないかと疑いたくもなる。
「それはよかった」
キョウヤ様が私を部屋の中へ案内して、窓を開放してくれる。
そこには、王国を見渡せる清々しい景色があった。
風が吹き抜けて、まだ不慣れな私のオレンジ髪を揺らす。
「では、しばらくここでおくつろぎください。
すぐに城を案内する者が来ます」
「えっ、行っちゃうんですか?」
「すみません、私はこれから業務がありますので…」
うぅ、てっきりキョウヤ様が今日一日構ってくれると思っていたのに。
ドアまで見送りに行くと、キョウヤ様が立ち止まり、私に振り返る。
「申し訳ありません。そういえば、自己紹介がまだでしたね」
そう言って、右手を胸に当てると軽くお辞儀をした。
「私はキョウヤ=ガルフォード。
サンバール王国の第一騎士団団長を任されています。
長いお付き合いになるかもしれません。今後とも、よろしくお願い致します」
なんて洗礼された口調と立ち振る舞い。
まるでイタリアかどこかで一流の演劇を見ているようだった。見たことないけど。
この一連の動作がすべて私に向けられているものだと思うと、光栄すぎて恐ろしくなってくる。
現実世界のキョウヤ様推し達に恨まれていないだろうか?
「本来ならもっと早く名乗るべきだったのですが、ロックの言う通り私はどこか抜けているところがあるようで、騎士団長失格ですね」
キョウヤ様は白い歯を軽く見せて笑う。
ドキンと胸が弾む。何を隠そうこの笑顔が見たくて精霊石を買ったのが課金の始まり。
もちろん精霊石とはガチャを回すなどに必要な重要アイテムのこと。
それではまた、と言ってキョウヤ様が去っていく。
私は何も言えぬまま、その凛々しい後ろ姿を見送った。
ロック様は私のことをどう思ったのかわからないが、キョウヤ様はさほど私の正体を気にしてはいなさそうでよかった。
これから好感度を上げていけば、キョウヤ様とあんなことやこんなことが…。
キョウヤ様だけでなく、個性豊かなイケメン達と…。
「うふふ」
つい笑みが零れてしまう。
「あ、あの、巫女様」
「わあっ」
驚いて声のする方を見ると、私と同じ歳くらいの淑女がいた。
私としたことがまったく気が付かなかった。それだけ妄想にふけってしまっていたのか。
「申し訳ありません、驚かせてしまって!」
淑女が大慌てで謝罪する。
「あー、いいの、私こそごめんなさい気が付かなくて」
あっ、この子見たことがある。っていうか、ゲームのカスタム画面に出てくる子だ。
かわいいが良くも悪くも個性が無い感じ。
ボイスはついていなかったけど、何気にちょっとだけ服を変更できるキャラ。
「私、マリー=シェルミと申します。
今日から巫女様の身の回りのお世話を任されました。
至らぬ点があると思いますが、どうかよろしくお願い致します」
ゆっくりふかぶかと頭を下げる。
そっか、そういえばそんな設定だった気がする。イケメンにばかり気を取られていて忘れていた。
「よろしくお願いします」
「はい、巫女様」
「んー、その巫女様っていうのできればやめてほしいかな。ちょっと恥ずかしいし。
名前で呼んでもらえると助かるんだけど…」
マリーが少し困ったように考える。
「では、えと…セツナ様でよろしいでしょうか?」
立場上、"様"を抜くことはできないだろう。
「うん、ありがとう」
「ではセツナ様、これからお城をご案内致したいのですが、お疲れではないですか?」
「大丈夫、よろしくねマリー」
「はい」
マリーは穏やかに返事をしてくれる。
なんだろう?私を姉と慕ってくれる従妹ができた気分だ。
現実世界にも似たような子達がそれなりにいたが、ちょっと違うんだよなー。
マリーは「お姉さん」と寄ってきてくれて、現実の方は「お姉さま」と遠巻きに眺めるみたいな?
「では参りましょう」
マリーは私の斜め前を黙って歩く。
可能ならもっと親しくしたいけど、時間をかける必要があるのは承知している。
食堂、聖堂、会議室、訓練場などなど、お城は本当に広かった。
クノイチの私は一回歩けば頭の中にマップを作れるけれど、普通の人は覚えられるのだろうか?
「これでお城の中はだいたい案内できたと思いますが、いかがでしたか」
お城の端の方まで来て、最後は噴水を眺めてお城ツアーは終わった。
「とっても楽しかった。素敵だったよ、ありがとう」
「喜んでいただけて何よりです」
もう終わりかー。と名残惜しみながら庭を見渡すと、離れにまだ見ていない建物があった。
「マリー、あれは何があるの?」
「あそこはー、魔術塔です」
「魔術塔?」
「はい、魔術師の方々が魔術の研究をなさっている所だと聞いています」
そうか、たしかに怪しげな雰囲気が漏れている。
心なしか掃除が行き届いていない。
「マリーは行ったことある?」
「いえ、ありません」
「じゃあさ、行ってみようよ」
「えっ?」
私は病院で見たような綺麗な道具が見れることを期待しただけだったのだが、マリーは意外そうに驚いた。
「ダメ?」
「ダメではないですがー…」
魔術塔を見ながらどうするか悩んでいる様子。
「その、怒られてしまうかもしれませんよ?」
「魔術師以外立ち入り禁止とかなの?」
「そうではありませんが、少々変わった方がおられまして」
それを聞いて私はピンときた。
魔術師で変わり者といったらあの人しかいない。
ゲームだと初めて魔法具を作ろうとすると登場するイケメンナイツの一人。
きっとこの流れがそれに違いない。
「じゃあ、怒られたらすぐ帰るってことで…ダメかな?」
キョウヤ様、ロック様と続いてまた一人イケメンに会える。
そう思うと多少マリーに迷惑をかけるのも仕方ない。
きっと、聖なる巫女である私が謝れば許してくれるでしょ。なんて。
「わ、わかりました」
マリーも了承してくれて、二人で魔術塔へやってくる。
レンガの壁に古びた木のドア。煙突が何本も生えていて、歪な塔である。
コンコン
「失礼します」
マリーがドアをノックして、ドアを開ける。
中は薄暗く、壁一面に本が並び、床にはたくさんのテーブルと変な道具があった。
少なくとも一階には誰もいないようで、静かなものだった。
「誰もいないのかな?」
「そうみたいですね」
なんてやりとりをしながら、私は上の階の気配を探ってみる。
すると、ちょうどこちらに降りようとしている人がいた。
「どう致しますか?」
「えーと、ちょっと待って」
塔の奥を眺めている私をマリーは不思議そうにしていた。
しばらくすると、階段を下りる音がしてくる。
姿を現したのは、私が会いたかったあの人だった。
「なんだ君たちは?」
目を引く白い髪に、エキゾチックな褐色の肌。
薄い布を纏いかろうじて魔術師っぽい恰好をしていて、体の芯は細く一見女性に見えなくもないが、少しだけ露出している首筋や肩幅が男性であることを強調していてセクシーである。
そして、一回聞いたら忘れられない落ち着いた大人の声。
彼の名はジル=クラーク。
私のフェチを一つ増やした男。
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