第3話 お城に辿り着けない

あれから私はキョウヤ様に支えられながら病院へつれていってもらい、がっつりと検査を受けた。

グロデスクな現場に血まみれで佇んでいたのだ。無傷である方がおかしい。

が、もちろん私に怪我はなく、精神的にも安定している。

キョウヤ様から状況を聞いている医者は、二度三度と私を確認していた。

不審に思っている医者をよそに、私は現実の病院には無い不思議な器具の数々を眺めた。

宝石が埋め込まれた聴診器のようなモノ

魔術のような記号が刻まれた医者が頭につけているあの丸いヤツ

どう見ても魔術書のような本

検査も様々な綺麗な光に照らされるだけだったので、楽しいくらいだった。


検査が終わりベッドに寝かされると、今度はいかにもな恰好をした老婆がやってきた。

私の手を握り、何かを感じているような素振りをすると急に泣き始めて『巫女様』と言った。

その時、後ろにいた付き人や兵士から歓声が上がった。

今度はポカンとしている私をよそに、病院内は大盛り上がりだった。

跪いて貢物をする人までいて、それはもう大変だった。

なにより、聖なる巫女だろうという自覚はあっても、聖なる巫女である実感がないのでどうしたらいいのかさっぱりだったのがつらかった。

まぁ、ゲームだと病院のくだりは数テキストで終わったので未公開シーンが見れたお得感はあったけれど。


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………。

……。

…。


複数人が私の病室に近づいてくる気配を感じて私は目を覚ました。

けれど、昨日はなかなか寝かせてもらえなかったので眠い。

それに敵意は感じないし、このまま寝続けることにしよう。


「巫女さま」


心地よい男性の声が、やさしく私を呼んでいる。

こんな風に毎日起こしてもらえたら、私は何時でもすっきり目覚めることができるだろう。


「巫女さま」


パチッ


目の前にあったのは、私の寝顔を見下ろすキョウヤ様の顔があった。


「えー!」


私は跳ね起きながら、布団で全身を隠した。

寝起きを見られるだけでも恥ずかしいのに、寝顔まで覗かれるって…、髪だって何もしていないのに。

いやいや最初は血まみれの寝巻だったじゃないかと思ったが、それでも心の準備が必要である。


「いや、そんな、前もって言ってくれれば私も少しは準備を…」


照れながらせっせと手で髪をとかす。

あの頃と違って長く綺麗に整えられた髪は一切の抵抗も無く指を通す。

なにこれ気持ちいい。


「申し訳ありません。寝ている女性の寝室に入るべきではないのですが、国王様がどうしてもと…」


キョウヤ様が頭を下げる。

背筋がゾクッとした。こんなイケメンに頭を下げさせたことにイケない感覚が芽生えそう。


「だ、大丈夫です。気にしてませんから、それよりどういった、えと、ご用ですか?」


なんとなく、こちらの言葉遣いも丁寧になる。


「国王様にお会いしていただきたいのです」


キョウヤ様がそういうと、後ろから何人かの淑女が衣装や装飾品を持って病室に入ってきた。


「支度はこちらでお手伝いさせていただきます。どうかご了承ください」


今から私があのドレスを着て、あの飾りを付けるの?

本当に?

化粧だってまだまともにしたことないのに?

着飾った自分を想像して、顔が熱くなってくる。


「あの、お気に召しませんでしたか?」


「いえいえ、そんなことないです。素敵です」


手をめいいっぱい振って否定する。

凄すぎて喜べないだけなのだ。


「では…」


ぐー


キョウヤ様が私をベッドから起こしてくれようとしたところで、お腹が鳴った。


「あっ…」


さらに熱せられた顔が火が出る。


「…その前に、その、朝ごはんを食べてもいいです…か?」


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病院食をいただくと、私はあれよあれよとドレス姿になった。

淑女たちの手際は完璧で、あっという間に着替えさせられる。

鏡に映った私は、どこにでもいる制服姿の女子高生でもなければ、忍服を着たクノイチでもなく、どこからどうみてもおとぎ話のお姫様。

胸元ががっつりあいたヒラヒラのドレスに、控えめなティアラやネックレスが光る。

高いハイヒールが私の背筋を伸ばし、両手が自然と前に添えられる。


て、照れる。

本当なら角度を変えたりスカートを持ち上げたりしてはしゃぎたいのだが、あまりに現実離れした高級感にそんな気が失せる。

顔はまったくの別人だが、ひきつった笑顔は紛れもなく私の表情だった。


病室を出ると、キョウヤ様が待っていてくれた。


「よくお似合いですよ」


「ありがとうございます」


キョウヤ様につれられて歩くが、階段の前で止まってしまう。

えと、こんなが長いスカートと高いハイヒールで、どうやっておりるの?

ビルから飛び降りてきた私でも、今の私は病院の階段ですら難所であった。


「お手を」


キョウヤ様が手を差し伸べてくれる。


ひぇー、恥ずか死する。

矢でも刺さったかのように胸の辺りが痛い。

この手を掴んで、ゆっくり階段をおりてくださいってか?

本当に!?お姫様って毎日こんなことしてんの?


カッ、カッ


私が一段おりるたびに、ヒールが音を立てる。

イケメンに…キョウヤ様にえ、エ…エスコートされてしまっている。

なるべく手すりの方に体重をかけているが、それでもキョウヤ様を頼ってしまう。

けれど、その度微動だにせず、でもやさしく添えられた手が頼もしい。


あー、このまま身を任せてみたい。

なんて思っているとうっかりスカートを踏んでしまう。


「あぶない!」


前に倒れ掛かった私の体を、キョウヤ様が身を持って支えてくれる。


「大丈夫ですか?」


「ハッ、はい、ごめんなさい」


急いで立ち直りたいが、踏んでいるスカートが邪魔でどうしたらいいかわからない。

っていうか、もがくたびにキョウヤ様の腕に軽く当たってしまう自分の胸が恥ずかしい。

そして、嫌じゃない自分がもっと恥ずかしい。

早くこの状況から脱したい。


「その、失礼します」


そう言ってキョウヤ様が私の両脇に手を入れると、私をスッと持ち上げた。

要するに、高い高いされたのである。

そしてゆっくりとキョウヤ様の二段上に下ろされる。


「いかがですか?」


「あ、ありがとうございます」


その間たったの10段。

階段はまだまだ続いています。


「ぜぇ…ぜぇ…」


時間をかけてようやく私は病院を出る。

この私が、階段如きで息切れをしているとは、恐るべしドレス、そしてイケメン。

心拍数の高さは絶対に運動のせいではない。


病院の前には、いかにもな馬車が停まっていた。

再びキョウヤ様にエスコートされて中に乗り込む。

椅子に高級感があり、座り心地もよかった。

そしてその向かいにキョウヤ様が座ると、ドアが閉じられる。


えっ?

こんな狭い密室にキョウヤ様と二人っきり?


私が唖然としていると、馬車がゆっくりと動き始める。


パカラ…パカラ…


唖然としている私に、キョウヤ様がやわらかく微笑んでくれる。


パカラ…パカラ…


まるで中世ヨーロッパのような街並みが窓に流れる。


パカラ…パカラ…


それから、ゆっくりとした二人だけの時間が…。


パカラ…パカラ…ガタガタ…


ダメだ。

蹄の音と馬車の走る音がうるさい。

なにより、馬車が思っていたよりも揺れて落ち着かない。

せっかくキョウヤ様といるのに集中できない。


辛気臭かったけど快適だったあの黒い車を思い出す。

浮ついた気分は少し落ち着き、私は異世界に来たことをより実感した。

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