第2話 聖なる巫女

ここは、サンバール王国にあるオーグルの丘。

大聖堂の裏手にあり、王国を一望できる、空がもっとも近い場所。

故に、特別な祈りを捧げる時はここで手を合わせる。


星が瞬く夜、魔術師らしき黒ずくめの老婆が、大きな魔法陣を書き終える。


「これで後は祈りを捧げ、聖なる巫女をお迎えするだけです」


老婆のか細い声を聞き、国王は頷く。


「では始めてくれ」


国王の言葉を受け、神父たちが一斉に祈りを捧げる。


「…本当に、これで聖なる巫女が我々の前に現れてくれるのか?」


国王は側近に小声で問う。


「そのはずです。作物は年々減っており、魔物は増加し続ける一方。昨年はミルビル山が噴火して街が一つ消えています。ここまで予言通りですと、信じざる負えません」


側近も完全に信じてはいなかったが、他に手が無く悔しそうな様子だった。


祈りは数十分にも渡り、最後に我々の願いを聞いてもらう。

教皇が魔法陣の真ん中まで歩き膝をつく。


「我らが主よ。今この世は悪意に満ち、大地が枯れ、命が失われています。どうか我らに救いの手を」


人々の幸せを願うやさしき教皇の肩は震えていた。


国王も含め、皆で祈りを捧げ続けたが何も起こりはしなかった。

国への思いをかき消すかのように、夜風が吹き抜ける。


予言書はただの偶然だったのか?聖なる巫女は迷信だったのか?

一人また一人と合わせていた手を離していく。


「………」


国王は黙って側近と目を合わせる。

側近も何も答えず俯いた。


「教皇さま、これ以上は…」


神父の一人が年老いた教皇の体を案ずる。

それでも教皇は祈るのをやめなかった。


誰もが諦め、オーグルの丘をおりようとすると、誰かが夜空に何か輝く何かを見つけた。

それは紅に輝き、こちらへ向かって来ているようだった。


「なんだあれは?まさか隕石!?」


騎士団長は万が一に備え、国王や教皇たちを避難させる。


紅の光はもの凄い速度で大地へ向かっていき、山に激突する。

かなり遠くへ落ちたにも関わらず、直視できないほどの光が一帯を照らす。


恐る恐る目を開くと、オーグルの丘から見える景色に何一つ変化は無かった。

あれはなんだったのか?と、周りがざわつき始める。


「あれがもしや…聖なる巫女」


教皇が独りそう言った。

それを聞いた騎士団長がいち早く国王のもとへ向かう。


「国王様、私にあの光の調査を!」


「うむ、光の調査をお前に一任する。なんでもよい、光の巫女に関するものを持って帰ってきてくれ」


「はっ!」


騎士団長は数人の部下に声をかけると、オーグルの丘を駆け下りる。


舞台は紅の光が落ちた場所へと移る。


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私はベッドの上で目を覚ました。

何か長い夢を見ていたような、不思議な感覚がする。

ぼんやりと夢の内容を思い出していると、次第に意識がはっきりとしてきた。


「えっ!?なに、ここどこ!?」


ベッドから跳ね起きて辺りを見渡す。

簡素な木造の部屋で、病院でないことは確かだった。

そもそも、あの爆発で私が生きているわけがない。


部屋の隅に姿見があったので、自分を映してみる。

そこに映し出されていたのは、オレンジ髪の可憐な少女だった。


「えー!これが…私?」


髪を触ったり頬をつねったりしてみる。現実の私で間違いなかった。


なになに?いったい何が起こっているの?なんで私が外国人に?

パニックになる。

こんなのまるでイケメンナイツのオープニングみたいじゃない!


ゲーム冒頭で説明される"他の世界より現れし聖なる巫女"とは、不慮の事故で死んでしまう現実世界の女の子という設定。

その女の子は、見知らぬ山小屋で目を覚まして、それからー…。


ごくっ…


私は寝巻のまま、恐る恐る外へ出る。

満天の星空に、火照った体を冷ましてくれる夜風が気持ちいい。

出てきた建物を見ると、思った通り小さな山小屋だった。


「えー、そんな…まさかね…」


ガサガサ…


少し離れた所から、何かが近づいてくる音がする。

嘘でしょ?夜行性の動物だよね?


部屋に戻ってやり過ごすこともできたが、念のため確認しておきたい。

私は屋根に飛び乗ると、身を低くして様子を伺った。


茂みから飛び出してきたのは、赤い目を光らせた真っ黒な影のような何か。3匹もいる。

見覚えがあった。ゲーム序盤に出てくる狼のような魔物。

ゲームではデフォルメされた見た目だったが、今こうして見えているものはこの世のものとは思えないほど禍々しかった。


「えーと、ここまではゲーム通り。ということは…」


私は姿を隠しているはずなのに、3匹はまっすぐこちらへ走って来る。


「うそうそうそ!」


私が呆気に取られている内に、1匹が跳躍して私の頭上を取る。


グルルル


殺意むき出しの目が私をしっかりととらえている。

やばい!

私は身を転がして屋根から降りる。

私がいた場所から屋根が突き破られる音がした。

あんな音、普通の狼じゃできない。こいつらは魔物で決定だ。


私は急いでこの場から逃げようとしたが、残りの2匹が退路を断つ。


「マジかー…」


するどい爪に大きな牙。

あんなものでやられたらひとたまりもない。

このままでは、ものの数分でまた死んでしまう。


ちょっと待ってよ。

本当にゲーム通りなら、騎士団長のキョウヤ様が助けてくれるんじゃないの!?

私は魔物との間合いを図りながら、なんとかオープニングを思い出す。


そっか、ゲーム通りなら、私はしばらく死因を思い出しながら、小屋の中を調べなくてはいけなかった。

それをスキップしてしまったせいで、魔物との遭遇が数分早くなってしまっている。


私が答えを導くと、1匹の魔物が飛びかかってきた。

よだれにまみれた邪悪な牙が私を食い破ろうとしている。


「はー…、やるしかないのかな」


ザシュッ!

ボタボタボタボタ


地面に大量の血が流れ落ちる。

私の顔の横には、何が起こったのかわからず目を丸くする魔物の顔。

この血はもちろん私の血ではない。私の腕が突き刺さった魔物の首から流れている。


よかったー、私の技が通じた。


串刺しにされた魔物が息絶えるのを確認しながら、もう1匹の魔物を視界に入れる。

向こうは想定外の出来事に驚き、重心が後ろにずれて臨戦態勢が解けたのがわかった。

私は体を回転させて魔物から腕を抜き、一足で間合いを詰めると、魔物の頭を掴んで飛び上がる。

魔物は上を向き、私は逆立ちしている状態になると、足を大きく開いて回転する。

その勢いを利用して、魔物の頭を360度回転させて息の根を止めた。


静かに着地して、私は最後の1匹を見据える。

あちらも完全に動揺しているようだったが、意を決して飛び込んできた。

それを後転しながら蹴り上げると、伸び切った喉に手刀を入れる。

吹き出した血は赤い雨となり、私に降り注ぐ。


3匹を改めて観察し、戦闘が終わったことを確認する。

ヒュンと音を立てて手を一回振る。

私の両手から魔物の血が一滴残らず消えた。


「でも服も顔も血まみれだよ。どうしよう?」


突っ立ったままぼんやり考え事をしていると、馬に乗った騎士が数名やってきた。

少し離れた所で馬を止め、一人が下りてこちらへやってくる。


白い服に身を包み、腰には長剣を携えたその姿。

まま、まさか本当に?

私の心臓がドキドキと高鳴り始める。

もしかして、あの人が本当にキョウヤ様なの?


「だ、大丈夫ですか!?」


「えっ?あっ、はい、大丈夫です」


私は緊張しながら、無事であることを伝えるため明るく答えた。


高身長で明るい金髪に青い瞳。

白いロングコートのような衣装を着こなしていて、まるで白馬の王子様のようであった。


す、すごいイケメンだ。まるでハリウッドスター。でも日本語をしゃべっている。

肌きれー、まつ毛ながい。声もやさしそうで癒される。

っていうか、これはもう完全に。


「キョ、キョウヤ様?」


「えっ、なぜ私の名を?」


本当にキョウヤ様だった!

イラストのキョウヤ様もかっこいいけど、こっちのリアルなキョウヤ様も素敵。

というか、あまりの色気にくらくらしてくる。こんな男性が存在していいのだろうか。


何が起こったのかわからないけれど、私は聖なる巫女として転生したんだ。

家族やカイリを悲しませて、もう二度と会えなくなってしまったけれど、私の二度目の人生はすでに始まったいた。

乙女ゲームのヒロインとして、イケメン達と恋愛をする人生が。


お父さんお母さん、そしてカイリ。

先立つ不孝をお許しください。短い人生でしたが、私は幸せでした。

そして、安心してください。

新しく生まれ変わった私は、今まで無かったときめき溢れる恋愛をこれから謳歌しー…。


奇跡の転生に感謝しかけた瞬間、私はキョウヤ様の困惑した目に気が付いて青ざめた。


キョウヤ様にはいったい何が見えている?

彼の目に映るのは、血肉になった魔物を見下ろし、顔や服を赤く染めているが、手だけは汚れていない不気味な少女じゃないのか?

この惨状をまるで意に介していない私に、キョウヤ様はいったい何を思うだろうか?


「あ、あの…」


私は冷や汗をかきながら、この状況を説明しようとした。

このままでは、恋愛するどころか一生会えなくなってしまう。そんな気がした。


しかし、そんな不安をよそに、キョウヤ様が上着を私にかけてくれる。


「何があったのかわかりませんが、魔物に襲われたのですね。

念のため病院に行った方がいい。私と来ていただけますか?」


「は、はい」


突然キョウヤ様の温もりに包まれ、私の声は裏返った。

そして、キョウヤ様が一歩私に近づき一言断ると、私を抱き上げた。


「えっ!?」


「無礼を詫びます。怪我をされているかもしれない以上、少しでも安静にしていてください」


さわやかな笑顔が私に向けられる。

金髪から耳が少し出ていて、赤くなっていることに気が付いた。

すんなりお姫様抱っこしたクセに、この人照れている。


なにそれ反則だよ。かわい過ぎる!

キョウヤ様の腕の中で悶えた。しっかりと私を支える腕をたくましく感じる。

私はキョウヤ様の顔をずっと眺めながら、街の病院へと連れていかれた。


素手で3匹の魔物を倒してしまったことを忘れて。

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