乙女ゲームヒロインの聖なる巫女として転生したのが伝説的クノイチの末裔だったせいで、誰一人フラグが立たずバットエンドを迎えそうです。
正宗
第1話 生まれ変われたら恋がしたい
望月セツナ 17歳。
乙女ゲームが青春の女子高生。
「じゃあね、また明日ー」
クラスメイトに手を振り、みんなとは逆の方へ歩き出す。
本当はみんなと一緒にこのままイオ〇でショッピングがしたい。
でも私には、行かなければならない所がある。
事前に聞かされていた場所へ行くと、一台の黒い車が停まっている。
近づいていくとドアが開き、私は黙って乗り込んだ。
「おつかれさまです」
運転席と助手席に座っている黒ずくめの男たちが、私の学業を労ってくれる。
「迎えになんてこなくてもちゃんと行くのに」
「すみません、頭領からの命令ですので。それに、前回遅刻されていますし…」
私が小さくため息をつくと、車は目的地へと動き始める。
姿勢を崩し、かばんからスマホを取り出す。
イヤホンをつけて、とあるソシャゲを起動する。
イケメンナイツ~聖なる巫女との禁断の愛が世界を救う~
私がドハマりしている乙女ゲームである。
何百年も平和が続いていた王国に突如、飢餓と魔物が襲い掛かる。
これらの災いは予言書に記されていて、最後にこう綴られていた。
他の世界より現れし聖なる巫女が再び安寧をもたらさん。
主人公はその聖なる巫女として、イケメンナイト様と恋愛をしながら世界を救うゲーム。
ゲーム内容は至ってシンプル。
ナイト様は放置しておけば勝手に強くなる。
プレイヤーはナイト様との恋愛を楽しみ、愛の力で奇跡を起こしストーリーを進めていく。
その恋愛パートがとにかくたまらない。
美麗なイラストが私の憧れを膨らませ、夢いっぱいのテキストが私をときめかせ、心地よいボイスが私に語り掛けてくれる。
現実の私には一切関係のないファンタジーが詰まっている。
まぁ、当然課金しないと見れないイベントが多々あるのだが、私には大した問題ではない。
私が乙女ゲームにうつつを抜かしていると、車が停まりドアが開かれた。
アイテム整理をしていただけだったのですぐにスマホを切ると、私は車から降りる。
「あはは、重役出勤の次はそう来たか」
黒いウエットスーツのような格好した女子が私に笑いかける。
「うー…」
小バカにされたので威嚇する。
「私としては、任務をセツナとできるってだけでいいんだけどね」
「私だって、カイリと一緒で心強いよ」
カイリと呼ばれた少女は得意気に笑う。
彼女は私と同じ一族で、共に切磋琢磨してきた仲間であり、唯一の友達である。
「セツナ様、カイリ様、本日の任務についてなのですが」
黒ずくめの男が女子トークに割って入る。
「はいはい、事前に聞いているよ。
あの火力発電所内で違法な実験が行われているらしいから、証拠を何か取ってこいっていうんでしょ?」
「は、はい…」
私はフェンス越しに見える年季が入った発電所を指差した。
大人を恐縮させるのは少し申し訳ないと思うが、このお堅いやりとりにはうんざりする。
「じゃあ、ささっと終わらせて帰るよ。まだデイリーミッションが残っているんだから」
制服を上へ投げ捨て、私は一瞬でカイリと同じ格好になる。
「いこうか」
「うん」
残像を残してその場から消えると、フェンスの内側に入り音も無く建物内へ侵入する。
女子高生というのは私の仮の姿。
その正体は、千年前から裏社会で伝説を残し続けているクノイチ一族の末裔である。
物心つく前からあらゆる訓練を受け、何百年に一人の天才と言われた私は、小学生の時からプロとして現場へ行っている大人に混じって忍術を練り上げてきた。
中学生になった頃には任務をこなすようになり、普通に暮らしていたら得られないような報酬をもらっている。
だから、ソシャゲに課金する事なんて無限にできるに等しい。
ガチャはコンプリートするまで回し、イベントは最速で拝見する。
私の正体と乙女ゲームは最高に相性がいいのだ。
だけど、訓練やら任務やらのせいでまともな青春が送れないのも事実。
女子と放課後遊ぶことは滅多にできないし、男子は保護対象でしかないから興味が湧かない。
乙女ゲームのイケメンに時に守られ、時にせまられ、胸を躍らせている傍ら、
大人の男性をなぎ倒し、気絶させ、時には尋問する毎日。
乙女ゲームはそんな私のオアシス。
クノイチであることを嫌になったことはないけれど、私だって制服になれば普通の女の子、壁ドンされる前にうっかり後ろを取っちゃう系女子だけど、恋だの愛だのに憧れる。
「はぁ…あのイケボは本当に反則だよ」
イケメンナイツの一人であるキョウヤ様の声を思い出しながら、私はセキュリティドアを解除する。
「またゲームの話?よくそんなこと考えながら指が動くね」
「カイリだってこんな旧式簡単に突破できるでしょ?末裔だか天才だか知らないけど、あんまり私を特別扱いしないでよね」
「はいはい」
雑談混じりに内部の様子を探る。
ドア近くに気配を感じない。監視カメラなどのセキュリティに気を付けてさえいれば問題なさそう。
ゆっくりドアを開け、私たちは風のように奥へ奥へと進んでいく。
今まで通りすべてが順調。一時間もかからない内にデータ管理室に辿り着き、違法実験の証拠を探る。
でもなんでろう?
今日は気分が落ち着かない。嫌な予感がする。
「セツナ、こっちに隠し部屋があったよ」
カイリが戸棚をどかして壁を手探りしている。
壁の一部がカイリの手で押されると、本棚が沈んでドアが現れた。
二人で罠が無いかチェックし、中の気配を探る。
「二人いるね」
「うん、気配からしてただの研究者みたいだね」
戦闘にならないことを確認すると、音を立てずにドアを開け研究者に忍び寄る。
この二人から情報を聞き出して、さっさとこの任務を終わらせよう。
カイリが一人を気絶させ、私がもう一人を床に伏せさせ無力化する。
「命がほしかったら、ここの事をしゃべりなさい」
研究者は何も言わない。それどころか抵抗すらしない。
何かがおかしい。こんなこと、今までなかった。
この不安を拭いたくて私は辺りを見渡すが特に変わった所は無い。
カイリは首を傾げ、念のためドアの向こうを確認しに行く。
私は再び研究者を尋問しようと目を落とす。
研究者顔は床を向いていて表情が見えない。相変わらず抵抗はしていないが、体は緊張していて軽く震えている。最初は観念しているだけかと思ったが、私はもう一つの可能性に気が付いた。
これは覚悟を決め、最後の時を待つ人間。
「カイリ!」
私は大声を出してカイリへ駆け寄ろうとする。
その瞬間、まったく抵抗しなかった研究者に腕を掴まれる。
驚いた私は研究者を振り払う。一瞬だが研究者の顔が見えた。勝利を確認した悪意に満ちた顔が。
私は察した。この男は私たち共々自爆するつもりなのだ。
もしかすると、この任務自体が罠だったのかもしれない。
誰の仕業かわからない。どれだけの被害を出すつもりなのかもわからない。
そして、たぶんもう私は間に合わない。ならばせめて…。
「風遁の術:衝甲波」
カイリに向けた私の両手から強い突風が巻き起こる。
その突風はカイリをドアの向こうへと吹き飛ばす。
そして私が腕を引くと、まるで引っ張られたかのようにドアが閉まる。
あーぁ…。
私の人生はここで終わりか。
悪くなかったけど、ゲームの中でしか恋愛ができなかったのが心残りかな。
カイリ、もし生きていたら、私の分も幸せになってね。
目の前が炎に包まれる。
私は死ぬんだ。
不思議と怖くも痛くもない。
何か暖かい光に守られているような気がする。
意識が遠のいていく。
気持ちは穏やかだった。
願わくは、来世は素敵な恋愛ができる人生を…。
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