第7話「戦士バーンからの装備依頼」

「とりあえず、宿代と食費だけは何とかしなくてはいけない」


 とはいえ、依頼や自己消費用でもないのに「鍜冶」のスキルを使って勝手に売りさばく訳にはいかない。売りさばくルートもないし、武器ギルドや鎧ギルド、そしてともかくあらゆるギルドから目を付けられる事は避けたい。


「ギルドの制裁は、社会的な死を意味するからな」


 ドン、ドゥン……


「……アシュさーん?」

「え?」


 その時、俺が利用している宿の部屋のドアを叩く女将の声。それを聴いた俺はそのまま寝巻き姿のままで扉の前に立つ。


「……何です、女将さん?」

「お客さんですよー」

「……お客?」

「レイチェルさんという、女の子」


 レイチェル、もちろん俺は彼女の名前は知っている。そのまま俺は部屋に立て掛けてある鏡の前で衣服の乱れを正し、ドアを開けて階下へと降りていく。


「憎いね、アシュさん」

「そんなんじゃないよ」

「まーたまた……」


 その女将の言葉を無視して、俺はやや急ぎ脚で階下、この宿では食堂ともなっている一階にと足を運ぶ。


「や、アシュ」


 外から入る淡い陽光の中、微かな宿の埃を纏わせたその黒い髪を背中に纏め、以前見たワンピースにその身を包んでいるレイチェル。だがその顔はどこかニヤニヤとした妙な笑みを浮かべている。


「借金さん、調子はどう?」

「何だよ……?」

「あれ、怒った?」

「喧嘩を売りに来たのか、あんたは?」

「へえー!!」


 そのまま彼女レイチェルはその手を叩いた後、皿の上のチーズが入ったパンをその口にと運びつつ、どこか意地悪そうな視線を俺に向ける。


「インチキ戦士さんの癖に、よく言えたもんだわ!!」

「おい!?」

「不意打ちでオサラバなんて、格好わるーい!!」


 ヒョイ、パクッ……


 そのレイチェルは早口で俺を罵りながら、息を付く暇もなく己の口にパンや野菜の炒め物を運び込んでいる。その彼女の様子を見つめながら俺は。


「訓練所姉ちゃんといい、この街の女は性格が悪い奴しかいないのか?」

「最初に会った時には、強い戦士だと誤解していたのになー」

「……」

「幻滅ぅ!!」


 ヒョイ……


 かなりの早食い、野菜炒めを食べ尽くした彼女はそのまま、果物が入ったグレープにとその手を伸ばし。チラリチラリと俺を横目で見ながらも食べ物を自身の口へと運んでいく。


「あーあ、やんなっちゃう!!」

「……用が無いのなら帰るぞ」

「帰るって、どこに?」

「うるさい!!」

「あー、待って待って」


 そのままジュースを飲み干した彼女は、その自分の咽を軽く叩くとそのまま食べ物を口に含んだままにして。


「あのねぇ……」


 俺の方へと、小さく可愛い唇を開く。


「依頼があるのよ、バーンから」

「バーン、あの戦士か?」

「そっ!!」




――――――




 レイチェルが言うには、この裏通りの小さな酒場でバーンが待っているらしい。


「奇跡の復活亭、ね……」


 何か俺に対して皮肉を含んだその名前ではあるが、そんな事はどうでもいい。そのまま俺は酒場のスイング・ドアにとその手を置き、一つ呼吸を整えてからこの酒場の中にと入る。


 ザァア……


 酒場の中には煙草の煙、そして何か得体の知れない肉の匂いが充満していた。外からの太陽光が、酒場の中の舞い飛ぶ埃を強く照らす。


「よう、来たかアシュ!!」


 酒場入り口にあるテーブル、そこで陣取ってしたバーンが俺の方向へ向けてその手を振る。その顔に朱が差していることから、少し酒が入っているのだろう。


「借金王、調子はどうだ!?」

「バカ、大声で言うな!!」

「ああ、すまねぇな……」


 ふと、その彼のテーブルを見渡すとバーンの隣には一人の魔術師風の男が見える。フードに顔を隠しているためによくは解らないが、恐らくは年寄りであると思われる。


「こっちのジイサンはエルバード」


 そう、バーンに男を紹介された俺はエルバードとかいう男に軽く頭を下げる。その俺の礼に反応してか男はその顔を覆っている赤いフードを取り除くと。


「よろしくの、若いの」


 と、シワだらけの顔を綻ばせながら俺にと会釈を返した。


「ところでバーン……」

「ああ、俺からの依頼の話だ」

「依頼?」

「俺とこのエルバードに相応しい装備を一式、作ってくれ」

「へえ……」

「何だ、アシュ?」

「言っとくが、俺は大した腕ではないぞ?」

「解っているさ鍜冶ランクE」


 そのハッキリとしたバーンの言葉、それに俺はむっとなりながらも、自分の心を落ち着かせて「依頼人」からの話を聞こうと身構えつつに空いた席に座る。


「アシュ、俺は戦士」

「ああ、解っている……」

「ファイターだ。剣ランクDに軽鎧D、そして盾がE」

「と、なると……」

「剣に革鎧、そして盾が必要だ」

「なぜだ、装備でも無くしたのか?」

「いんや……」


 そこでバーンは自身の頭にと手を差し込み、その金髪を髪をクシャとかき混ぜる。魔術師らしきエルバードとかいうジイサンはウェイトレスによって運ばれてきた肉料理に夢中で、どうやら俺達の話をサッパリ聴いていない様子だ。


「お前さんがおっ死んだのち、別の冒険者に雇われてな」

「俺は死んでから、一週間後に生き返ったと聴いている」

「そう、その次に第一階層に繰り出した冒険でジャイアントアントの群れに襲われてな、剣とか諸々を砕かれてしまったんだ」

「御愁傷さまだ」

「フン……」


 その俺のちょっとした皮肉にもバーンはその顔色を動かさず、軽くビールに口を付けたまま話を続ける。


「焼きチキンにベーコンエッグ、三番テーブルにまで!!」


 ガ、ヤァ……


 何かこの酒場が騒がしくなってきたようだ。もうすぐ夕方なため盛況になってきたのかも知れない。


「とにかく、金を掛けずに早急に装備が必要なんだ」

「カネがないのか?」

「お前と同じくな」


 そのバーンの皮肉返しに俺は肩を竦めると、そのまま肉料理をがっついているエルバードじいさん、その彼の白髪だらけの顔をじっと見つめる。


「さっき、このじいさんにも装備が必要だとか言ったな?」


 俺のその言葉にバーンは軽く頷くと、そのままビールの追加を店員にと注文した。店員の威勢の良い声が俺の耳を打つ。


「このじいさんの場合は、護身用のダガーのみだ」

「そうかい……」

「話によると、お前は裁縫も木工のスキルも無いと聴いたからな」

「悪かったな」

「いやなに、それとよ……」


 スゥ……


 少しの時間を置いて運ばれてきたビール二杯、その内の一杯をバーンは俺に手渡してくれると、そのまま彼バーンは顔をにやけさせ。


「あのさ……」

「な、なんだよバーン……?」

「なあ、お前はあのミネルバという奴はどう思うよ?」

「どうも何も、ミネルバさんはな……」

「俺の好みだ」

「あのな、好みといっても」

「ああ、解っているさ」

「何も言っていないぞ、俺は……」

「実力が違いすぎる、そう言いたいんだろ」


 そのままバーンはビールをグビリと煽ると、その口から軽い声を上げつつ店の店員に何か摘まむ物を要求する。


「けど、あの甲冑を脱がしてぇもんだな」

「へっ、言ってろよバーン」

「けど、あのレイチェルも良いんだよな……」

「好き者だな、お前は」

「胸はミネルバに劣るみたいだけどよぉ」

「そうか、解るのか?」


 そのバーンの馬鹿話に、せっかくだかから俺も少し付き合う。何はともあれ今の俺にとってはいい気分転換になっているからだ。




――アシュの借金、あと49900――

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