第6話「死、あまつさえ借金」

 カ、ラァ……


 だが、再びこちらの手番になったからにはゴブリン共の命運は尽きたようなものだ。


「君主スキル、守護陣ランクB!!」


 こちらにはそう雄叫びを上げるミネルバさんがいる。このカルマンの迷宮でトップクラスの実力者だ。言い換えれば彼女がいなければ俺たちは今回の戦いで退却を考えた方がよかったかもしらない。


 キィン!!


 ミネルバさんの甲冑に当たるゴブリンの古びた得物、流石に飛び道具までは君主、ロードの守護陣とやらではカバーしきれないようであるが。


「君主スキル、反撃ランクC!!」


 そうして攻撃を仕掛けてきたゴブリン達を、反撃の刃で仕留めていくミネルバさん。正直バーンはともかく俺やレイチェルは見ているだけであり。


 ズゥ……!!


 最後のゴブリンがミネルバさんの手によって仕留められた時に、この戦いは終わった。




――――――




「なあ、ミネルバさん?」

「何、アシュ?」

「俺達もずっと迷宮にいると」


 生命巡回、それがこの迷宮の装置である変動と同じく、ある種の防御装置だ。


「やはり、こいつらみたいになるのか?」

「恐らくは、ね」

「フゥン……」


 この迷宮で迷宮変動の輪廻に巻き込まれた生命は、そのまま迷宮の「糧」となる。具体的には死後も死体が残らず、ただ冒険者の間で「ドロップ」と呼ばれる品物や宝箱を残すのみ。


「なんだか、可哀想ね」


 レイチェルのその台詞には俺も同感だ。訓練所の教えによれば魂とやらは消滅するらしいが、その生命のエネルギーは次の「番人」とやらを生成するために使われる、らしい。


「ま、死んだらお仕舞いという事だ」


 何か湿っぽい話になってしまった事を吹き飛ばすつもりか、バーンがあえて明るい口調で言ったその台詞。僧侶であるレイチェルが微かに嫌な顔をしたが、俺としては彼バーンの意見に賛成かもしれない。


「……ふーむ」


 だが、どちらにしろこの二人には悪いが今の俺はゴブリン共が落としたドロップ、彼らの死体が消滅したと同時に残された素材にその目を奪われている。


――折れた剣(低質)×5――

――汚れた毛皮(劣悪)×5――

――切れた投石器(劣悪)×4――


「なあ、ミネルバさん」

「今度は何よ、アシュ……」

「今ここで、即席鍛冶をやっていいか?」


 俺のその言葉に、ミネルバさんはもちろんレイチェルもまた嫌な顔をした。が、それには俺は構わず。


「一度、即席鍛冶のスキルを使いたいんだ」

「全く……」


 だが、ミネルバさんのその声には、呆れたような彼女の顔色とは裏腹に了承の意思があった。


「では、さっそく……」


 とはいえ、何を作ろうか。即席鍜冶はちゃんとした場所での鍜冶よりも成功率が下がる為に、あまり大層な物は作れない。考えた挙げ句に俺は。


「よし、ダガー!!」


 とりあえずダガー、という訳ではないのだが、今の所パーティーに不足している道具もない。そのまま俺は「鍜冶E」と「金属E」のスキルを今手に入れた素材の一部に使用して。


 パシュウ……!!


――ダガー(普通)×1――


「便利な物だな」


 早速その何気ない武器を産み出した俺。それに対してバーンが軽く口笛を吹きながらそのまま、出来立てホヤホヤのダガーをその手で掴む。


「おい、返せよ……」

「解った、解った……」


 そのまま俺はバーンから出来上がったダガーを取ると、そのまま立ち上がり、立ったままのミネルバさんに声を掛けた。その時。


 カ、ラァ……


何処からともなく聴こえてきた、石が落ちる物音、それを耳にした俺は軽く身構えたが。


「危ない、アシュ!!」

「え?」




――――――




 気が付いたとき、俺は教会の中にいた。


「……祈り、念じろ!!」

「うっ……」


 何かベッドに横たわったままの俺の身体、裸である俺の身体が発光している。そのままゆっくりと俺は上体を起こし、ぐるりと辺りを見渡す。


「……どうやら成功したようですな」

「あ、あんたは……?」

「教会の司教です、貴方は死んだのですよ」

「死んだ、俺が?」

「詳しくは、お仲間の方が知っているかと……」


 そのまま俺はこの目の前にいる司教、それの助手であると思われる男から寝巻きを受け取り、それを羽織りながら何が起こったのか考えようとする。


「確か俺はカルマンの迷宮にいて、それでダガーを作り……」


 そこから先の記憶がない。何かレイチェルの悲鳴を聴いた気はしたが。


「足元にお気を付けて……」

「お、おう……」


でっぷりと太ったその司教、彼が最後に俺に見せた、どこか嫌らしい笑みに不快感を覚えながらも俺はそのまま、ステンドグラスが壁にとはめ込まれた教会の堂場、大きな十字架に贖罪聖者の像が描かれたオブジェクトが吊るされているその場所から立ち去っていく。


 ギィイ……


「ああ、アシュ……」

「……ミネルバさん?」


 その堂場の外通路には、普段着に身を包んだミネルバさん。彼女が腕を組んだまま、寝巻き姿の俺を見詰めている。


「……俺、死んだんですか?」

「そうよ、オーガに不意打ちを食らってね」

「不意打ち……」

「珍しいわ」


 麻のシャツとズボンという彼女ミネルバのその姿、金属鎧を身に付けている為か、体格がガッシリしているその彼女は、腰まである亜麻色の髪をその手で撫で付けながら、艶然と俺に向かって微笑んでいる。


「不意打ちとはいえ、簡単に死んでしまうなんて」

「……すみません」

「お陰で、レイチェルの墓参りは中止」

「……」

「そして、ね」


 そこまで言って、何かミネルバさんは言葉を濁していたが、やがて意を決したようにその厚く色の良い唇を開く。


「借金、銀貨にして五万」

「……え?」

「途中、一回灰になったから」

「そ、それって俺の蘇生代金!?」

「私が立て替えてあげたわ」

「そ、そういう事ではなく!!」

「やらない方がよかったかしら?」

「……そ、それは」


 銀貨にして五万、贅沢しなければ庶民が二年は暮らせる金額だ。


「情けとして、利子は取らないであげる」

「……」

「なるべく、お早めに」

「……はい」

「あとそれと、後で訓練所に顔を出してね」


 そう言って、彼女ミネルバさんは軽く息を吐いた後にそのまま、小さな足取りで教会の通路を歩んでいく。


「死んで、借金か……」


 死にたくはなかった、だからといって借金まみれの人生ももちろん送りたくない。


「返す宛が、ない……」




――――――




「あっ、借金王さん」

「……他に言い方はないのかよ」

「すいませんね」


 正直、こんな状態である俺に冗談を言うとは、もしかするとこの訓練所姉ちゃんは本当の性格は悪いのではないかと思ってしまう。今まで彼女の事を面倒見が良いと錯覚していただけで。


「で、アシュさん」

「何だよ?」

「借金を返す宛はあるのですか?」

「……鍜冶スキルを使えば、何とか」

「ランクEのくせに?」

「……」

「ま、まあそれはともかくとして」


 そこまで言って、訓練所姉ちゃんはそのツインテールを軽くなびかせて、そのまま一枚の用紙を俺に差し出す。


「訓練所から依頼があります、毛皮の鎧が一つ」

「……なぜ俺に?」

「この前の盾の評価が高かったんですよ、それはともかく受け……」

「受ける」

「なら、早速」

「え、ここでやるのか?」


 俺のその質問に訓練所姉ちゃんは微かに両肩を挙げて見せ、そのままやや低い声で俺に囁く。


「材料もない……」

「ゴブリンたちから奪った素材があるでしょうに」

「あ、そうか」

「それに、この依頼の期限はあと一時間だけなのです」

「はぁ……」


 やむをえず、本当にやむをえずそのまま俺は「即席鍜冶」のスキルを使い。


――汚れた毛皮(劣悪)×3――


 を使って毛皮の鎧を作ろうとする。


「材料は劣悪で、しかも即席鍜冶と来たもんだ」


 何、気合いだ気合い。俺は自らの心にそう言い聞かせながら、その手を広げ意識を集中させる。


 ……キィン!!


――毛皮の鎧(普通)×1――


「……何とかなるもんだな」

「はい、報酬の銀貨100枚」

「それだけかよ……」

「毛皮の鎧なんて、そんなに使える物ではないですから」

「誰が何の為に、こんな依頼を……」

「私は知りませんよー」


 やれやれ、これでは借金をいつになったら返せるものか。


「アシュさん、この国の法律知ってますか?」

「法律、何の?」

「借金を踏み倒そうとするものは、斬首とする」

「げっ……」

「結構、執行力のある法律みたいですよ」

「……それでも、利子が増えなければ」

「おや、あの法律も知らない?」


 何か不安を掻き立てるような訓練所姉ちゃんの言葉、正直あまり聴きたくもなかったが、聴かない訳にはいかない。


「このタイデルの城下町では、借金をした場合は自動的に国への利子が発生するんですよ」

「あー、そうですか!!」

「ミネルバ様は黙っていた?」

「……そうみたいだな」



――アシュの借金、あと49900――

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