第5話「バトル・ターン」

「宿代だけは確保できているとはいえ……」


 だとしても今はほとんど手持ちがない。最低限の冒険者用装備を買っておしまいとなってしまった。


「あのミネルバとかいう女、本当に大丈夫なのか?」


 一応、その彼女を信じてこの野営地、暗い雲の元でシトシトと小雨が降り注ぐこの第二野営地の冒険者キャンプ場にとやって来た、のはいいが。


「えーと、ミネルバミネルバ」


 と、辺りをさ迷っていても仕方がない。そのまま俺は野営地を通り過ぎ、カルマン遺跡の番人が詰めていると思われる建物にとその脚を運ぶ。


「遺跡前の石造りの建物、恐らくはあれのはずだ……」


 この遺跡の入り口の場所は覚えている。以前に訓練所の試験でこの野営地まで来たことはある。


「おっ、あれは……」


 その番人達が集う建物。その扉の前には今まさに俺が探していたミネルバ、そのクラスは防御寄りの前衛職である君主(ロード)やらだというミネルバさんの姿がある。そして。


「あれ、あの子は……」


 そのミネルバさんと共にいるのは、先の祭りでのイザコザで知り合った少女、確かレイチェルとかいう娘が、その身体に簡素な革鎧を纏って立っている。


「おーい!!」


 その彼女達の隣に立つ青年の事も気になったが、恐らくはあとでミネルバさんが紹介してくれるだろう。その俺の声に反応したミネルバさんが俺を手を振り返し、そして例のレイチェルが俺の顔を見たそのとき、彼女のその黒い瞳が大きく見開かれた。


「こんちには、アシュ」


 ミネルバさん、女君主は兜こそ被っていないがその身体には凛々しく板金の鎧(プレートメイル)が纏われている。その鎧の重さを全く感じさせない機敏な動きでその彼女ミネルバさんは俺にと近づき、そしてそのまま固まっているレイチェル達に俺を紹介する。


「こちら、鍛冶屋のアシュ」

「……」

「あれ、レイチェル?」

「あ、いえミネルバさん……」


 そのままレイチェルはもじもじとしながら俺に小さく会釈を掛けつつ、一呼吸置いた後に俺に対して、軽くその顔を綻ばせた。


「こちらはバーン」

「よろしくな、アシュとやら!!」


 その快活そうなバーンという男、身に付けている剣と硬革の鎧(ハードレザー)から恐らくは戦士と思われるその金髪の男は、軽く顔を崩したまま俺に握手を求める。


「よろしく、俺はアシュ」

「……あの、アシュさん?」


 そのままバーンと握手をしていたら、何か囁くような声でレイチェルが俺に対して軽く息を吐く。


「何だ、レイチェルさん」

「レイチェルでいいわ」

「何、レイチェル?」

「あなた、戦士じゃなかったの?」

「……ああ、見習い鍛冶屋だ」


 その俺たちの言葉を聴き付けたのか、バーンという男はその顔を微かに崩して、その頭を掻きながらミネルバさんにと語り掛ける。


「あのよ、ミネルバさん」

「何、バーン?」

「俺達のような素人、いやクラスもバラバラな見習いを集めて何をする気だ?」

「墓参りよ」

「墓?」


 そのバーンの言葉をレイチェルが聴いた途端に彼女は軽くうつ向いて、そしてそのまま小さく呼吸を霧雨の中に吹いてみせた。


「レイチェルのお父さんのね、バーン」

「フーン……」


 バーンはその言葉を聴いた時、あからさまに嫌な顔をしたが、そのままミネルバさんの方にとその顔を近づけると。


「なあ、言うまでもないがミネルバさん……」

「報酬は出すわ」

「そ、そうか?」

「一人頭銀貨500程」


 500、それは例えば俺が身に付けている革鎧が一丁買える値段だ。まあ、もっともこの革鎧はこの前の騒ぎで少し傷んでいるが。


「なら、俺は文句はないな」

「ありがとう、バーン」

「ミネルバさんの頼みでもあるしな」

「フフン……」


 そう言ってミネルバさんは軽く笑いながら、自らの長い亜麻色の髪に掛かっている雨の雫を軽く払い、そして。


「アシュ、あなたはどう?」

「どうも何も……」


 彼女は微笑みながらその唇を揺らす。俺も彼女にそのままオーケーを出そうとしたが、ふと気になった事を尋ねてみようとする。


「なあ、ミネルバさん」

「何、アシュ?」

「魔物達が落とした宝物や素材、俺達ももらって良いか?」

「そうねえ……」


 ミネルバさんはそう呟きながら軽く肩を振り、そのまま天から小雨を振り落とす雨雲を見やったが。


「アシュ、あなたは鍛冶屋よね?」

「お、おう」

「どうせ第一階層のドロップ品、今の私にはいらないわ」

 

 そのミネルバの言葉を聴いたとたん、バーンとレイチェルのその顔も強く綻んだ。


「じゃ、あたし達が魔物のドロップを貰って良いってこと?」

「そ、そうねレイチェル」

「やりぃ!!」


 俺は突如として豹変したレイチェルの態度に何とも言えない顔をしながら、しかしその事はおくびにもださず。


「じゃあミネルバさん、いつ出発するんだ?」

「すぐよ、アシュ」

「なるほど」


 軽く彼女の返事に頷いたまま、自身の頭に革兜を被らせようとする。


「もうすぐ」

「ん?」


 なかなか革兜が頭に収まらない。その俺の様子に気が付いたか付かないか、ミネルバさんはレイチェルとバーンを見渡したまま、静かに言葉を続けた。


「迷宮が変動するから」




――――――




「なあ、レイチェルって?」

「何、アシュ?」

「あんたのクラスは何なんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 迷宮変動、カルマンの遺跡を代表とする特殊古代遺跡特有の仕掛けである。


「あたしは僧侶、クレリックよ」

「へえ、人は見かけによらないな……」

「あたしこそ、あのチンピラどもとの戦いでアシュは戦士だと思っていた」

「戦士じゃなくて、悪かったな」

「別にぃ」


 ある特定の箇所以外はまるで遺跡の内部構造が変わり、街の人々の噂ではそれによって侵入者を撃退する仕組みが出来ていると、もっぱらの噂だ。


「しかし、パサパサとしているな……」


 カルマンの遺跡第一階層、天井から微かな光が差し込む石造りの迷宮。辺りの空間は埃っぽく、俺のブーツが床を踏み鳴らす度に何か乾いた砂が舞い上がる。


「なあ、ミネルバさん?」

「何、バーン?」

「レイチェルちゃんの親父さんの墓とやら、どこにあるんだ?」

「それほど遠くはないわ、マーキングしてある地図には映っている」

「それが変動によって無くなっているという可能性は?」

「その墓の出現をこの時間まで待っていたからこその、変動待ちよ」

「なるほどね……」


 つまり、彼女ミネルバさんが言うにはこのタイミングでしかレイチェルの親父さんの墓は到達出来ないということか。


「……ふう」


 すでに迷宮、第一階層に入ってからしばらくの時間が過ぎた。カルマンの迷宮は涼しく、温度変化による疲れと不快感を感じないのはいい。


「俺たち革鎧組はいいとして、ミネルバさんが堪ったものではないだろう……」

「みんな、静かに!!」

「何だよ、ミネルバさん……」


 だが、その時俺の耳にも何かの足音、それが響いてくるのを感じていた。


「……そういえばこのパーティーは盗がいないな」


 バーンはそうぼやきつつも自らの手に長剣を構え、そのままミネルバさんと同じく前列にと付く。俺とレイチェルは彼女ミネルバさん達の後ろに付く形、すなわち陣形だ。


「レイチェル、あんた武器は?」

「これがあるわ、アシュ」


 そう言いながらレイチェルが腰から取り出したのは一振りのメイス。だがそれがどうこういう前に後列では扱えない品物だ。そうこうしている内に。


「来るわ、皆!!」


 ザァ……


 ミネルバさんのその掛け声で、このパーティーが一斉に身構えた。そのままハルバードをその手にと「持たせた」ミネルバさんは、注意深く通路の先を見つめている。


「ゴブリンだ!!」


 そのバーンの声と同時に俺の視界、薄明るい遺跡の中に、それぞれ粗末な防具を身に纏った、異形の醜い小人たちがその姿を表す。赤黒い肌を持つ彼らの名はゴブリン。


「小鬼族、徒党を組んで人を襲うか……」


 俺にとっては遺跡で初めての戦いだ。そのまま俺は自らの手にスリングを構え、弾丸となる石を入れながら軽く回転を始めた。その間にミネルバさんが己の面頬を下ろしながら先制攻撃を掛ける。


「いくわよ!!」


 その時、何処かで何かが崩れるような音がする。遺跡に小規模は崩落でも始まったのかもしれない。


 バァ……!!


そのミネルバさんのハルバードによる一撃は比類がない。恐らくは何らかにスキル、多分「ポールアーム(長槍)」のスキルを使用して、前列のゴブリンを皆一瞬にしてひっくり返した。熟練の技だ。


――キィア!!――


 そのまま後列にいるゴブリン達が次々とミネルバさんに向かってスリングをもって攻撃をしかける。しかしそのゴブリンの投擲は全くミネルバさんが身に纏っている板金鎧を貫けない。計4発のスリングによる攻撃が終わった後に、続けて後列の残りのゴブリンがバーン、硬革の鎧を身に纏っている彼に向けて投石器による攻撃をしかける。


「うわっと!!」


 バーンのそれは軽装甲である。俺が見るに彼の頭へと石が直撃したが、どうにか被っていた革兜により致命傷は防げた様子。


「ゴブリン、さらに後列にも3匹はいるわ!!」

「解るのか?」

「アナライズの魔法で見たわ、アシュ!!」


 何やら僧侶魔法を唱えながら俺の隣でそう呟くレイチェル。となるとゴブリン共は前列の7匹、後列の6匹、そして第3列の3匹が相手の総数だといえる。かなりの数だ。


「くらえ!!」


 そのままバーンは地面に倒れているゴブリンに向かって剣を繰り出す、その剣は見事にゴブリンを仕留め、相手の前列残り6匹のゴブリンはそのまま何とか立ち上がろうとする。その間に放った俺のスリングは明後日の方向に向かっていった。


「流石に第3列のゴブリンからは攻撃がこないか……」


 もっとも来たら来たで困る。このパーティーは数が少ない上にバーンもレイチェルも素人に毛が生えたようなものであるらしい。俺は言わずもがな、ミネルバさん頼りのパーティーなのだ。


 カ、ラァ……


 その時、また何処かで何かが崩れるような音がする。その物音と同時にミネルバさんが何か印を掛けるような仕草を行う。


「何だ……?」


 俺のその呟きをよそに、前列のゴブリン共がなぜか全員ミネルバさんにとその手に持った得物、古びたショートソードや手斧でミネルバさんを襲う。少しはバーンや後列にいる俺たちをねらってもよさそうだが。

 

 バシャ!!


だが、そのゴブリン達の攻撃はまたしても全くミネルバさんの鎧によって防がれ、お返しとばかりに払われた彼女のハルバードによって一匹一匹と、確実に仕留められていく。俺がその光景を見ている間にも、前列のゴブリンは皆ミネルバさんに討ち取られてしまった。


――ギィイア!!――


 ゴブリン共の後列が前線にと飛び出してくる。ゴブリン共の総数は今の前列6匹、そして後列の3匹だ。


 ヒュンッ!!


 その時、ゴブリン共が放ったスリングが俺たち後列にと飛び掛かってくる。俺はスキルが無い事は百も承知で革の盾を目の前にと掲げた。みれば隣のレイチェルも盾を構えているようだ。


「もういっちょ!!」


 今回は俺達後列の手番はない。防御に専念している俺達に石つぶてが襲いかかってくるなか。バーンはまた一つゴブリンの首を跳ねた様子だ。


「きゃあ!!」


 隣のレイチェルの悲鳴からするに、どうやら彼女へスリングによる攻撃が命中した様子だ。彼女は厚めの帽子しかその頭に被っていない。不安である。


 カ、ラァ……


 そしてまたしても落石の音。これで三回目である。

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