第4話「祭りの乱闘」
「ん、何の騒ぎだ?」
太陽の光が眩しい大通り、色とりどりである祭りの装飾。それが所狭しと飾られている中を歩いていた俺は、その視線の先に人だかりのような物を見つけていた。
「……野次馬をしている時間はないのだが」
もしかすると良い気分転換になるかもしれない。そうあまり誉められた物ではない心持ちをしながら、俺はその人だかりの中へと割って入る。
ガチャ……
「おっと失礼……」
その時、近くにいた目付きの悪い男にと俺の持っている劣悪な剣の鞘が軽く擦った。
「あんた達!!」
人だかりの前の方に出た俺の視線の先には一人の少女、その少女の背後には老婆が倒れこんでおり、そしてその少女達を囲むのは。
「さあ、早くこのお婆さんに謝りなさいよ!!」
「オイオイ、なーにを強がっちゃって!!」
ニヤニヤと品のない笑みを浮かべている男達。その男達が少女を見下ろしながら、時おり下品な笑い声を上げる。
「俺たち、何もしてないっての!!」
「お婆さんの屋台から食べ物を盗んだじゃない!!」
「明日、ちゃんと払うからさぁ」
「嘘ばっかり!!」
どうやら、一目見ただけで単なる祭りのイザコザであることが解る。俺はそのまま見物しようかとも思ったが、結局立ち去る事を選ぶ。今はあまり面倒には巻き込まれたくない。
「ん?」
その時、その長い黒髪の少女と目が合ってしまった。と思った次の瞬間。
「こ、この人が黙っていないんだからね!!」
「えっ!!」
ズゥ……!!
そのまま物凄い勢いで少女は俺の背後に回り込み、彼女はその勢いで俺のライトレザーを強く押す。
「何だてめぇ、やる気か!!」
「いや、俺は別に……」
だが、男達は俺が腰に剣を持っている事に気がつくと、互いにその顔を合わせながら目配せをし。
シャ……
「こ、こいつら抜いたぞ!!」
男達、3人であるその男達は腰から短剣を抜き取り、そのまま俺と対峙をする。慌てて俺も自身の腰からなまくらの剣を取り出すが。
パァン……!!
「くらえ!!」
その時周囲の人間の内誰かが放ったクラッカー、それの音と共に男達の内一人が飛び出し、その飛び出した髭面の男はそのまま俺にと短剣を向けてきた。
「くっ!!」
だが、その短剣は俺の革鎧に当たって軽く弾かれ、そしてそのままその男は「たたら」を踏んで半歩引く。
「そっちがその気なら!!」
そのまま俺は背中から革の盾を取り出し身構え、そして続いて飛び出してきた男に対して威嚇のつもりで剣を振り払う。その牽制の一撃は男の手の甲に軽い傷を負わせたようだ。
「わっ、うわ!?」
「てめえ、よくも!!」
その最後の男による短剣の一撃、それは俺ががむしゃらに構えた盾によって弾かれ、男は憎々しげな表情を浮かべたまま、他の男達からみて後方にと退いた。
「いけ、やっちゃえ!!」
俺の背後に隠れた少女のその無責任な声。革兜に顔を隠された俺はその少女に苦々しげな表情を浮かべて見せたが、無論その表情は黒髪の少女には伝わらない。
「ちっ……」
よくみると、屋台を出していたと思われる老婆の姿もすでになく、ただ辺りの観客達が俺達に無責任な歓声を送っているだけだ。
パァ、ン……!!
またしても鳴り響くクラッカーの音。その音に呼応されたかのように髭面の男が再度短剣を突き出す。しかし。
「くそぉ!!」
またしてもその短剣による一撃は革鎧によって防がれ、そして今度の俺は己の剣の腹で力いっぱいに髭面をぶん殴る。
ゴォン!!
何か鈍い音がし、そのまま髭面にと直撃した剣は軽く跳ねる、その力任せの一撃を受けた男はそのまま地面に倒れ伏して動かなくなった。
「……」
その時、微かな静寂が辺りを覆う。
「た、助けてくれ!!」
その静寂を破ったのは残りの男の悲鳴、そして。
ザァ……
そのままてんでバラバラに逃げ出す男達。ブンとダガーを振り回している男達の行く手を遮る人間はおらず、一瞬の間にそのチンピラ達は人混みに紛れていった。
「ふう……」
俺には剣スキルも盾スキル、それに鎧スキルもない。それでも相手も同じだったのか、どうにか戦えてよかった。
「恐らくは、中途半端とはいえ武装もしていたしな」
「あの……」
「ん?」
その時に俺を呼ぶ声。可愛らしい声が呼ぶその方向にと俺は振り返った。
「あなた、強いのね」
黒い髪に黒の瞳。その細い身体を包む淡い赤色のワンピースを身に包んだその少女は、何かにはにかんだような笑みを明るい太陽の元で浮かべている。
「あたしの名前はレイチェル」
「あ、どうも……」
「あなたのお名前は?」
僅かに響く周りからの歓声、しかしほとんどの皆はもはや見世物が終わったとばかりに、その場から立ち去っていくようだ。
「あなたの名前」
「あ、俺の名前はアシュ……」
「アシュさんね、よろしく」
少女はそう言ったきり、俺の頭を包んでいる革兜にその背を伸ばして軽く叩き、そしてそのまま。
「ねえ、この後……」
彼女は何かを言おうとしたようである、その時。
カァン、カァアン……!!
「あ、いけない……」
「ん?」
「鐘の音、司祭様に叱られちゃう」
鳴り響いた教会の鐘の音。それを聴いた少女はそのまま踵を返し、最後に一言。
「じゃあね、アシュさん」
そう俺に言ったきり、人混みの雑踏にと紛れていった。
――――――
「あっ、無い!!」
「どうしたい、あんた?」
もしかすると俺は祭りの最中にスリに会ったのかもしれない。腰に吊るしてあった財布がものの見事に無くなっていた。
「この水筒、要らないのかい?」
「すまない、また来るよ」
「あら、そう……」
そのまま俺は冒険者の店の女店主にそう伝えた後、慌てて自らが泊まっている安宿にと戻ろうとする。まだあそこの貸し金庫には幾らかの俺の蓄えがあったはずだ。
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