第4話 図書室
食い入るように、という言葉が当てはまるほどテレビ画面を眺めたのは生まれて初めての経験かもしれない。
液晶を隔てて、レイナさんが夏のトレンドやら何やらのワンピースを着飾って映っている。
信じられない・・・とは正直思わなかった。腑に落ちたというべきかもしれない。
あれだけの容姿とスタイルだ、芸能関係と結びついてもなんら不思議じゃないから。
『上品な肌見せで夏を乗り切ろう』という思考回路花畑の字幕とともに、レイナさんが画面越しの視聴者に手を振りながら微笑む。そして、短い尺のコーナーが終了した。
すぐにスマホを操作し検索エンジンに「モデル レイナ」と打ち込むと、手軽に情報は手に入るが、秋田出身であることと「レイナ」というモデル名で本名は未公開というだけで、それ以上の目ぼしい情報はwebでは見つからなかった。
情報の海は深いわけではなく想像よりも浅瀬らしい。
でも彼女が秋田出身とわかっただけでも大大大収穫といえた。小学生の頃に2校の秋田県内の学校に通ってたはずだ。
時間があれば、段ボールに眠っている寄せ書きなど過去の証跡を引っ張り出したいところだけど、生憎登校前の時間に余裕はないので、仕方なくいつもの時間に家を出て近くのバス停へと向かう。
名前は自分で調べるように言われたけど、私さんは俺がボッチって知ってた上でそんな難題を提示したのかな。
気軽に「ちょ、モデルの玲奈ってこの学校にいんべ?本名教えてくんね?」と周囲に訊けるわけがない。想像しただけで毛穴から汗が吹き出てくる。
・・・・そうだ、そうだった。昨日その私さんと教室で話しをしたことで、噂の渦中に放り込まれるかもしれないんだった。
いよいよ誰にも頼れなくなったな、と切望のどん底にいると思ったけど、最初から頼れる人なんていなかった。光があるから影があり、何もなければ何もない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
教室に入ると、やっぱりクラスの皆は僕を一度見た。
いつもならそれでお終いのはずなんだけど、今日は少し視線がしつこいというかなかなか僕から離れないような気がする。
自意識過剰であればそれに越したことはないんだけど。
僕はいつも通り海に生えた海藻になったつもりで、自分の席に座ったままやり過ごすことに決めた。
僕の昼休憩時の過ごし方はというと、いつも学校の人気のない場所を探し求めて彷徨うのが習慣となっていた。休日に家に居場所がなく家から出ていくお父さんたちと同じ心境だ。
しかしまだ入学して3ヶ月ちょっとの一年坊主は肩身が狭い。穴場は既に先輩らに占領されている厳しい世界でもある。
今日も買った惣菜パンとお茶を手にして、「最近は暑いから床が冷たくて日陰の場所が空いてればいいな」と能天気に考えてながら教室を出ようとしていると、男子のひそひそと声を潜めてそうで丸聞こえの声が耳に届いた。
「あいつそうだよな?」
「うわ、今日テレビ出てたじゃん」
「やべー生だと余計に可愛いな」
釣られるように男子たちの視線の先を見ると、出入り口から顔だけをひょっこり出した私さんとバチコン目が合う。本来であれば美少女に訪問されるなんてのは至極光栄なはずなんだけど、僕にとって私さんは1人の少女の前にひとつの災いのような存在と捉えていた。
うわぁ・・・・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆
瞳が掃除機にでもなってるの?と問いただしたいほどに、私さんの深い瞳に視線が吸い寄せられる。
「なんかこっち見てね?」
「マジで?俺に気でもあるんじゃね?」
私さんと僕の視線の直線上にぶつかる男子生徒が浮かれた口調で言う。申し訳ないけどそれは恐らく勘違いなんだよ、とは言えない。
それに浮かれる気持ちはわかる。あんな美少女に例え偶然でも視界に写る事ができたら勘違いをしたってお釣りがくるくらいだ。
反応しようか迷ったけど、波風立てたくないを信条としている身としてはここは無難にスルーを決め込むことにする。
それが完全に裏目に出る羽目となる。
「あ、こっち来た!」と男子生徒の緊張の声が聞こえ、もしかしたらと顔を上げると案の定私さんが僕の目の前に立っていた。
「今無視しようとしたでしょ?」
「し、してない...です」
「なんで急に敬語になるの」口に手を添えて、私さんは上品に笑う。
「....モデルだなんて知らなかったし」
だから、僕の中で「昔に知り合ったらしい人」じゃなく「テレビに写るほどの有名人」に格上げされ、当然その開きに距離感を感じずにはいられない。
実際に芸能人に会うのは初めてだし、周りの生徒も気後れをしてるからこそ私さんに直接話しかけずに、コソコソと潜めて噂をしているんだろうし。
「朝の見てくれたんだ?」
「あ、うん。偶然だけど」
僕がそう答えると、私さんは近くにいる僕でさえ聞き逃してしまうほど細やかな声で「.......そっか」と、微笑みながら言った。
息を呑んでしまい声が喉の奥に引っ込んだ。思わず見惚れていた。
私さんが美少女であることには変わりはないけど、そういうことじゃなく、彼女の表情から湛えた優しさというか、溢れる慈愛を注がれているような、うまく言えないけどムズムズとした気持ちになる。
「ね、一緒にご飯食べない?」
「「えぇ!!?」」
驚きの声は僕じゃなく、周りのクラスメイトからだった。一応僕も「えっ」って呟いたけど、集団の声に埋もれてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いい場所があるの」と言われてやってきたのは、学校の図書室だった。
図書室・・・本が好きな身としては放課後に何度か寄ったことはあるけど、昼の時間に開放されているとは知らなかった。教えてくれる人なんていないし、そもそも知ってたとしても一人では入りづらいんだけども。
室内はしっかり空調が効いてて快適だけど、ポツポツと間隔をあけて数人が座っている程度で、思いの外生徒の数は少なかった。
一言で言うのであれば完全な穴場だった。
ここまでは人が少ない背景としては、はやり図書室という場所は本離れが進む現代人にとって馴染みのない空間のせいなんだろうか。
学校でも家でも本を読みながら過ごしてきた僕にとって、棚に陳列された本こそが友達と呼べる存在といっても過言じゃないんだけどね。
適当に空いた先に座り、それぞれの昼食を並べる。とはいっても僕は惣菜パンとお茶だけ。
私さんもコンビニで買ったと思われるサンドイッチに、豆のサラダと紅茶というメニュー。
僕と違い、さり気なく健康に気を使っているのが伺える。
そんな事を考えていると、「昨日はちょっと打ち合わせが入っちゃってね、お弁当作る時間がなかったの」と、急に取り繕うように私さんが言った。
というのも、私さんの言う昨日の事。
クレープを食べ終わって少し話しをしていると、私さんの携帯から着信の音が鳴った。
通話が終わってから、「ごめんね、ちょっと急用ができちゃったみたいで」と言われ、それから「私さんの名前を調べる」という宿題を仰せつり解散した次第だ。
その時は「電話かけてくる相手がいるなんて凄いなぁ」と自分と比較するだけで深く考えていなかったけど、今にして思えば私さんは丁寧な口調だったことを思い出した。
きっとマネージャーか誰かからの仕事関係の電話で、「急用」がきっと「急な打ち合わせ」だったんだろう。凄いなぁ、なんだけ芸能人っぽくてかっこいい。
「その口ぶりだと、レイナさんは自分で弁当を作ってるの?」
「そうだよ。地元から単身で上京してきたから」
いただきます、とちょこんと手を合わせた後に、私さんは形の良い口でサンドイッチをハムっと食べた。並びの良い白い歯がチラリと輝いている。
「それじゃあ一人暮らしなんだ」
「一応ね。でも事務所が斡旋してるマンションだから安全だよ」
「おおぉ」
事務所というそれっぽいワードが出てくる。同じ一人暮らしでも、ここまで境遇が違うとなんだか笑えてくるな。乾いた笑いだけど。
「それよりもさ」
私さんが一度コホンと咳払いをして間を図った。昼食に誘った本題なんだろうなと雰囲気で察する。
「村田くんって本当にボッチなんだね」
「え?....あ、うん、そうだけど」
それがなにか?という感じで僕は答えた。
てっきり、「私の名前はわかった?」と答え合わせをされると覚悟していただけに拍子抜けだ。
レイナさんは紅茶を口に含んだ後に、天気が良い日に「晴れてるね」、と当たり前を口にするような軽々さで、「これからはずっと一緒だね」と囁いた。
まだ本名も知らない少女からそんな言葉が飛んできたもんだから、思わず聞き間違いかと自分の耳を疑ってしまうのは仕方のない事だ。
名前も覚えていない少女から話しかけられて始まる青春物語(仮) @2713gabu
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