第2話 結局は誰なの?
確かに少女は「村田くん」と僕の名前を呼んだ。
振り返って、その整った容姿に思わずたじろぐ。あまりに整っている容姿は、威圧的でもあった。
日に当たると溶けてしまいそうで心配になるほど、半夏生とは真逆の雪みたいに白い肌。
細く通った上品な鼻筋に、くっきりとした二重まぶたに携えた瞳は琥珀色に輝いてる。
胸下辺りまで伸びた艶のある黒い髪は、不思議と重厚感と暑苦しさを感じさせない。
背丈は僕より少し低いくらいだけど、それでも165cm以上はありそうだ。
そんな可愛い子に呼ばれた光栄な僕だけど、残念な事にその子に何一つ見覚えがない。
いくら僕がボッチでも、クラスの顔くらいは流石に覚えている。
彼女はクラスの女子生徒ではないはずだ。もとよりこんな飛び抜けた美少女がいたら目立つよね。
突然知らない相手に話しかけられて焦ってしまう。もう手汗ドバーですよ。
ただでさえ人付き合いを放棄した弊害によってコニュニケーションのとり方がわからずにボッチ生活まっしぐらなのに、超絶美少女なんかに話しかけられたら頭の処理能力がショートしてしまう。
「い・・・村田くん・・・だよね?ほら、私だよ?」
慎重に窺うようにして、「私さん」が僕に歩み寄ってきた。近くで拝見すると、私さんの容姿の異質さがより浮き彫りになる。
「そ、そうだけど───」
「君は誰?」と訊ねる前に、校内に響く予鈴のチャイムによって遮られてしまった。
友達の一人が「レイナ、もう授業始まるよ」と私さんに声をかけた。茶色の長い髪が後ろで一本に束ねられていて、その友達も私さんとは違った魅力的な人だった。
「ね、何組?」首を傾げ、少女が訊ねてきたので「1組」と答えると、「わかった、それじゃまた後でね」と、複数人の友達の元へと踵を返した。
「誰々!?」「彼氏!?」と他の友達から囃し立てられている少女を、僕は呆然と見送った。
何だ、一体何なんだ。何がどうなってるんだ。
第一にあんな美少女が校内にいるなんて知らなかった自身に驚いた。
しかし、なぜ僕の名前を知っているんだ。
僕の苗字なんて「村田」でありふれているし、「田村」ともよく間違われる。
それも手伝って影の薄い僕は記憶からは残りにくいはずだ。
加えて高校の進学に合わせて東京の地を訪れた僕に地域との接点はない。
だから美少女というのは想定外中の想定外だけど、それを差し引いても学校の生徒に知り合いなんているわけがないんだけど。
それに、最後に引っかかった「また後でね」という言葉・・・。
なければ、近いうちにまたあの少女から声をかけられるって事?
・・・・・などと考えているうちに本鈴のチャイムが鳴り、僕も移動教室の科学室へ急いで向かわなくてはいけないことを思い出し足を動かした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
遅れて科学室にやってきた僕を咎める人は教師と生徒を含めて一人もいなかった。
むしろ誰も気づいていないんじゃないかってレベルのスルーには驚いた。なにこれAnotherかな?
その後の授業は集中を欠いた。もちろん唐突に僕を呼び止めたあの少女について考えていたから。
転がり込んだ美少女とのお近づきの機会浮かれていたわけではなく、あくまで純粋に少女について思い出そうとしていただけど。
彼女が僕の名前を呼び当てたのは単なる偶然ではないとすると、人違いという線は薄くなる。仮に、僕と同じ「村田」という苗字で顔も似ている知り合いがいるのなら、それはただのドッペルゲンガーだ。
ではなぜ?僕が住んでいるマンションの住人という線は?
自衛官の父が当初不動産投資として購入したマンションに、なんやかんやあって今は僕が住んでいる。
でも、せいぜい二人暮らしくらいが限度の広さの単身用のマンションなので家族で住むには狭すぎる。
僕と同じ特別な家庭環境でなければ高校生で一人暮らしはまずない。世間を知らないので意外と多いのかもしれないけど、しかし未成年の女の子が一人暮らしなんて物騒すぎるし。
ではなぜ?
いつの間にか同じ自問に戻ってきてしまう。堂々巡りの疑問を繰り返すうちに、ペンローズの階段に足を踏み入れたような気分になる。
「田村。おーい田村」
数学の授業では黒板に書かれた数式を解くよう指名されたけど、ループに嵌った思考から抜け出せずに返事をしそびれてしまった。
年配の男性教師は、返事のしない僕に見切りをつけ「・・・じゃあ森田」と僕の次の出席番号に焦点を合わせたようだった。
「え、俺かよー!?」と、森田某がおどけてみせて教室から笑いが起こったが、意に介さず少女の記憶を掘り起こす作業に夢中だった。
最後に数学教師に物申したい。
僕の名前は「村田」だ。
◇◆◇◆◇◆◇
謎の少女は言葉通り今日中に教室にやってきた。しかし、学校が終わった放課後に。
出入り口から顔を覗かせた彼女は、教室を一瞥して僕の存在を認めると「発見」と言わんばかりに顔を綻ばせた。
教室内の男子も女子もざわめいた。きっと既にあの少女は生徒の間に噂になっていることだろう。
その噂話の情報網からしっかりと隔離されてる僕なんでね、私さんの事なんて知らなかったわけですよ。
うわー、めっちゃこっちに近づいてきてる。
うわー、なんかめっちゃ周りから視線を感じる。
うわー、やっぱり僕の前で立ち止まって見下ろしてる。
「お待たせ」
改めて私さんの声を聞くと、全身の細胞に優しく染みりそうな綺麗な声だった。
程よい高さに、ハキハキしたした発声はかなり良い印象を受ける。
「....別に待ってないけど」
「そう?よかった」
「え?」
「え?」
なんか微妙に噛み合ってないんだけど。
直後、そういう事か、と理解する。
僕が言った「待ってない」の意味は、「別にあなたを待っていた訳ではありませんよ?」という意味で、 私さんが捉えた意味は「確かにあなたに待たされはしましたが私は気にしていません」的なニュアンスなんだろう。日本語ってのは不便だなぁ。
「ちょ、と、とりあえずここ教室から出ようか」
提案したのは僕だ。周囲からの色んな視線が刺さって痛い。主に男子からの嫉妬や妬みがね!
「うん、いいよ」
私さんは美人局の手口なのかと疑うくらい快く僕の提案を受け入れた。
目立たないボッチは、明日からは美少女に馴れ馴れしく付き纏う変態生徒として校内に知れ渡る事になるんだろうか。背中に受けた視線からそんな予感を浮かべ教室を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
逃げるように、実際に本当に教室から逃げてきたわけだけど、とりあえず学校から出てからは全くのノープランだった。
そもそもが頭の中が真っ白だけど、私さんから「実は行きたいお店があって、そこでも良いかな?」と提案だされた。とりあえず、私さんの言うことに頷いておけば大丈夫そう。異論はなく、僕は頷いた。
「まだこの辺の道が全然わかなくてナビに頼っちゃうんだけど」
私さんが照れ笑いを浮かべながらスマホの画面を僕に見せた。
「行きたい店」への幾何学模様の地図が画面に広がっている。
んで、この子は一体誰なんだ。
「あ、そうなんだ」とそれっぽい相槌を返しながら、並行して私さんと歩くこの違和感。
「東京に来たら一度来てみたかったんだよね」
「あ、そうなんだ.....お?」
東京に来たら.....それってつまり、今までは東京に住んで無かったって事?
ますます彼女が僕を知っている理由が遠ざかっていく。遠ざかるも何も、もともと近くもなんともないんだけどさ。
「村田くんはいつから東京に暮らしてたの?」
「あ、えっと、僕は高校に進学するタイミングで」
「え!?じゃあ私と同じなんだ!?」
「あ、うん」
私さんが身を乗り出した。その弾んだ声は一段と大きかった。あと顔近づけるの癖なの?
彼女の口ぶりからすると、僕が今まで東京に住んでいなかった事を知っていた口調じゃないか?
それはどうやら彼女も同じで、県外からの都内への進学生徒って事になる。
あれ?
もしかすると?
頭の中にかかっていた疑問の靄が徐々に晴れていくような、そんな気持ちになった。
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