第10話 会議
ー翌日、正午闘技場内の会議室にてー
ここ、アイゼル闘技場には様々な施設が揃っている。
コロセウムとしての会場と観客席などはもちろんのこと、外部の闘技者を招いた時のために宿泊施設、専属契約を結んだ闘技者用のトレーニング設備、談話室や会食用の大部屋など、闘技場にしてはかなり豪華な作りだ。
そんな数々の部屋の中でもアルド王子の私室はかなり異質である。
客間以上に大きな作りではあるものの、室内の壁面に異文化の調度品や亜人族の使う奇妙な形の仮面やらが所狭しと飾られている。
アルド王子はそんな奇妙で混沌とした空間でお茶を飲んで寛いでいた。
コツコツと、扉をノックする音が聞こえた。
王子は「何だ」と応えると
「王子、ベルサック卿がご到着されました。」
黒髪のメイドがそう告げる。
「そうか、今行く」
王子は奇妙な部屋の扉を開けると隣の会議用の部屋に入った。
こちらは先ほどの部屋とは違い、綺麗にまとまっている。
西洋風の家具や調度品は常に手入れを欠かすととなく、ホコリ一つ見当たらない。
この見事に調和の取れた部屋はメイドのドーラの成果である。
元々この部屋も、王子の悪趣味全開の混沌状態であったが、お客をもてなすには余りに不気味だったためドーラの管理とする事になった。
経緯の詳細は省くが、泣き喚く王子を椅子に縛り付けてメイド5人で必死に片付けたことは言及しておく。
「やあ、騎士団長! 今日も良い陽気だね!」
部屋に入ってすぐ、騎士のベルサックは窓の外をぼんやりと眺めていた。
その姿は国民から国王の盾とも、人類の守護者とも崇められている騎士のそれではなく、日向ぼっこをする犬のような穏やかさがあった。
「ええ、王子。午前も良い練兵ができましたよ」
2人はにこやかに挨拶をすると椅子に腰掛け、クラシックな長テーブル越しに向かい合った。
「お話はだいたい察しています。私とあの元勇者様との仕合の件ですね」
腰掛けるやいなや、ベルサック卿は本題に移る。
「……話が早いな、その通りだ!」
王子は調子を崩さず笑顔で答えたものの、予想外の発言に一瞬戸惑ってしまった。
昨日、この件を話したのは自分の従者たちだけである。一体どこから漏れたのか。
「近衛兵からその話を聞いたのかな?」
この質問はブラフ。
昨日話を聞いていた近衛兵にはドーラから口止めをしている。
とは言え、騎士団長は彼の直属の上司である。話していても不思議はない。
「いえ、王子であればそうするかと思ったまでですよ。まさか当たるとは! はっはっは!」
ベルサックは笑って流した。情報の出どころは言うつもりがないらしい。
(大体の事情は把握しているというところか……。やはりこの男、侮れないな)
ベルサック卿は先ほどまでの穏やかな印象から一変して、策略家らしい佇まいが見えてくる。
「しかし、私をご指名とは、随分と大胆な手に出ましたな」
「そうでもないさ、父上でもあなたを指名する。それに、ことは急を要する。あなたが練兵の一環でここへ逗留しているのは父上もご存知のはずだ」
「そうですね、確かに私にお鉢が回るのも理解できます」
ベルサック卿はそう言うと、ドーラの入れたお茶を一口すすり、いい茶葉ですなと呟く。
そして、一呼吸置いて話し出した。
「実は、国王陛下からはこの件に関しては私に全て任せると書状をいただいています」
そう言うと、懐から巻かれた羊皮紙をテーブルに出して見せた。
封蝋は王国のエンブレムである女神アルペウスの像が描かれている。紛れもなく国王が記した物だった。
「……!! そうか……! それは何よりだ」
(馬鹿な!いくら何でも行動が早すぎる! 昨日の今日だぞ!)
国王との交渉とベルサックとの交渉で2日はかかると見積もっていたため、全くの想定外だった。
何よりも、国王の行動が早すぎる。やはり昨晩の段階で情報を得ていたとしか考えられない。
王子は違和感を覚えずにはいられなかった。
まるで自分の見えぬところで、陰謀めいた何かが蠢いている。そんな予感がしていた。
(しかし、ひとまずは出場をしてもらえるならいいだろう。違和感は拭い切れないが、とりあえずは商談成立だ)
「では、出場してもらえると言うことで良いかな?」
「いえ、お断りします」
(な!!?)
王子は思わず立ち上がりそうになるのをぐっと堪えた。
「なるほど……理由をお聞きしても良いかな?」
何とか冷静さを引っ張り出して表情筋をコントロールする。
“いかなる状況でも冷静で客観的に“という商人の師匠ギルベルからの教えが、王子を何とか踏みとどまらせた。
「なに、単に私よりも適任がいるというだけですよ」
「適任?」
「ええ、私が騎士団でも最も有望なものにやらせたいのです。私の推薦であれば陛下もご納得されるでしょう」
「なるほど。しかし、この闘技場のチャンピオンであるローグよりも強くなければ仕合はならんぞ」
すると、ベルサックの目の色が変わった。
今度は気迫めいたものが感じられた。
「王子……私はローグの仕合を何度か観戦したことはあります。お言葉ですがあの程度の者なら騎士団にいくらでもいますよ。それも、我らが前線で戦っている魔人たちの強さはローグの比ではないのです」
思わず王子は戦慄した。
(あのオーグ級の人間がいくらでもいるだと!?)
「それに我らは、いずれは勇者無しで魔王をも倒すことでしょう。そのために練兵を強化しているのです。今回のことで勇者を処刑できれば軍部にとってもありがたいことです」
この言葉で、王子は事態の全貌をある程度推測することができた。
ベルサックの所属する軍上層部とは勇者不要論者の集まりだ。
彼らが手を回して勇者の召喚を阻止しようとしていたことは、王子の耳にも入っていた。
しかしそれでも、勇者召喚は国王と教会によって断行された。
その結果が、神器の喪失、魔王は未だ健在という事実だ。
これには流石に軍上層部も黙っていられなかったことだろう。
恐らく騎士団長に判断を委ねたのは国王なりの軍部への謝意なのだろうと推測できた。
彼に判断を任せると言うことはそう言うことだ。
「そうか、それを聞いて安心したぞ。非礼を詫びよう、ベルサック卿。前線には頼もしい人材が揃っているようだな」
すると、流石に騎士団長も言い過ぎたと感じたのか、申し訳なさそうに謝罪した。
「いえ、王子。騎士団長とはいえ、生意気な口を聞いたこと、お許しください」
「謝るな。あなたは前線で命を預かる騎士として正しいことを言った。単に私が無知だったのだ。私も戦場の経験があるとはいえ、所詮は後方の指揮にあたっていたにすぎん。最前線で剣を振るう貴方から、そんな言葉が聞けて正直嬉しかったぞ……!」
王子自身、それは本心であった。そして
(ローグ以上に強いものなど想像も出来なかったが、世界は何と広いことか…!)
と、内心ではワクワクしていた。
「では、ベルサック卿。あなたの推薦する人物に会わせてくれ」
「畏まりました。ちょうど外に待てせております。ところで王子」
「何かな?」
「私にもあの元勇者に会わせていただきたいのですが。お願いできますでしょうか?」
「何だ、そんなことか。いいだろう。丁度、夕食後に出向くつもりだったのだ」
「王子自ら、わざわざ会いに…ですか…?」
「そうだが、何か不満か?」
「いえいえ! とんでもない!」
そこで、側で2人の話を聞いていたドーラが口を挟んだ。
「ベルサック卿、この分からず屋に“王子たる自覚を持て“と仰ってください」
ベルサック卿はドーラの爆弾発言に絶句したが、何とかフォローしようと取り繕う。
「はは……、ドーラ嬢は本当に手厳しいですな……! 王子! あまり従者を困らせてはなりませんよ……!」
今この場で一番困っているのはベルサック本人であることは王子もドーラも黙っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます