第7話 第三王子アルド②
王子はスミスへ顔を向け応えた。
「……いいだろう、何かね?」
「いくら何でも明日は早すぎませんか? こいつの怪我も治っていない。せめて1週間は休ませた方が良い。最高のコンディションでやらせるべきです」
スミスは緊張しながらも明るい調子で話すが、王子には全く響いていないようだ。
「そんなつまらない話をしたいのか? 言っただろう。彼の死刑は決まっている。死のうが生きようがどちらにしても明日で利益が上がる。それだけだ」
王子はあくまで冷徹に、奴隷の主人として話し続ける。
「そんな理屈は承知の上です。王子」
急にスミスの声のトーンが下がる。そのあまりの緩急にうなだれていた僕の顔はスミスの方に向いてしまう。
「ここから先は商談です。俺からの提案を受け入れれば王子には想定以上の利益と信頼が集まるでしょう」
「しかし却下されるのであれば、王都の外の客を取り逃がすことになる」
王子の目の色が変わった。まるで値踏みする様な目に。
「……ふむ、興味深いな。続けてくれ」
王子はスミスへ顔を向けたまま、彼の発言を促した。
「今日の仕合でコイツの噂は王都中に広がるでしょう。さらには隣り合ったカブレスや、商業都市メルクへも。それもそうです。なんせ、こいつは魔法無しでチャンピオンを倒したのだから。詰まるところ、コイツの仕合は王都外の客も足を運ぶ。だが、仕合が明日となると外の人間は見ることはできない」
「距離か」
王子は短く呟いた。
「そうです。サンドレアは王都とはいえ、圏外の住人からすれば遠すぎる。しかし、より多くの来場を望むのなら王都外の客を待ったほうがいい。待つ間も宣伝で市内の客へも仕合日時をアピールできる」
「なるほど、噂が外に広まるのが1日、外の客が噂を聞いてこの闘技場に到着するまもう2日といったところか」
王子の目算を受けて、スミスが食い下がる。
「いいえ、外へ宣伝が届く日数も含めるともう4日必要です!」
「それで1週間か…ということか」
王子は感心したように頷いた。
「他の者は何か意見はあるかね?」
ここで王子は自分の配下たちに目配せする。
すると、黒髪のメイドが手を上げ、王子が発言を促した。
「王都外から客が来るなど博打もいいところです。そんな確証はありません。それよりも王命である彼の死刑を優先させるべきでは?」
「それも一理ある」
「というかそれしかありません。王命ですよ? 分かってます? お、う、め、い、」
黒髪のメイドがメイドらしからぬ口調で淡々と王子に詰め寄る。
「だが、それは大した問題ではないさ。いつ処刑するのか明確に取り決めたわけではないしな。父上との契約では今日の仕合で彼が不利になるよう手配するだけだ。こちらの手順を聞いた上で締結したではないか」
メイドは不満げな顔をして小声でまたそうやって……と呟いたが以降は何も言わなかった。
そして、王子はスミスを再び見据えて聞いた。
「君、名は何という?」
「スミスと申します」
「……スミス、今このメイドが言っていたが外から客が来る確証はあるのかね?」
試すように、観察するような目でスミスに尋ねる。
「そこの怖そうなメイドさんが言う通り、確証などはありません。しかし、アテが外れたとしても王子に出る損害は軽微では? それにコイツも時間があれば何か思い出して次の仕合も勝つかもしれない。そうなれば3仕合目も、さらに次の儲けも期待できます」
王子は考えこむ様にスミスの話を聞いていたが、次の一言で一変した。
「一流の商人であれば乗らないヤツはいないでしょう」
王子は最後の一言を聞くと、突然大笑いし始めた。
やがて笑いが収まると嬉しそうにスミスに向かい合う。
「この私に向かってよく言えたものだ! その蛮勇は称賛に値する! 連合商業組合を立ち上げ! 商業都市で国中の流通を支配し! さらには多岐にわたる事業に携わっているこの私に!」
僕は王子の熱が高まるのを感じていた。
そして、ここまでの大人物に対してスミスも視線を外していない。
「この私が一流の商人でなければ何だと言うのだ!!」
「第3王子ですよ」
後ろからメイドが的確な指摘をする。
王子は全く気にせず続けた。
「その提案を受け入れよう!ただし期日は4日で十分だ」
「君はそれまでに怪我を癒し、記憶を取り戻したまえ」
「……! 分かりました。善処します」
期日が想定より短くされてしまったが、スミスはそれ以上食い下がることはなかった。
明日死ぬはずが、4日の猶予ができたんだ。それだけでも十分な成果だ。
◇
すっかり夜も更け、空が白んでくる頃になると、王子一行は自室への帰路に立っていた。
今は、闘技場内の廊下を歩いている。
スミスとの商談のあとも元勇者と会話しながら、書類仕事を終わらせることもできた。
「いやーー! とても有意義な時間だったな!」
歩きながら、王子はご機嫌な様子だった。
そんな王子に心配そうな目を向けながら、シェーンは聞いた。
「しかし、良いのですか? 4日も処刑を延ばすなんて。国王様はお怒りになるのでは?」
「いいのさ、明確な期日を指定しない父上が悪い」
王子はそう言うがそれはあまりにも乱暴な論法だ。
元々は仕合の日時が決まった後に国王から彼の身柄を引き渡すよう命令があったのだ。
それに対して、『仕合日は決まっています。告知も既にしてしまいました。多くの民が待ち望んでいるこの仕合を中止することは彼らの反感を買うことになりますよ!』と後出しジャンケンのような理屈で押し通したのである。
それでも、“確実に殺す“という約束のもとで今日の仕合が執り行われたはずである。
契約には抵触しておらずとも、その意思を反故にした形のため、側近のシェーンからすれば、はあまりに無茶なように思えた。
「本来であればあの元勇者は今日死ぬはずだったのですよ? 流石にそれでは国王もご納得されないかと思われますが」
メイドのドーラも同じ意見なようで、うんうんと首を縦に振る。
「2人とも分かっていないなぁ。だからこそいいんじゃないか」
王子はくるりとこちらを向くと自慢する様に語り始める。
「いいかい? 次回こそは確実に元勇者を殺さねばならない。しかしそうなると、ローグ以上に強い闘士が必要だ。しかしながら、そんな人材はこの闘技場にはいない。ローグはチャンピオンだったからな……」
「王子、そういうお話ではなくですね、今度こそ彼の身柄を引き渡すように……」
シェーンが言いかけると王子はそれを遮るように続ける。
「そう! そこでだ! 国王の盾であるあの方に助力を求めようと思う!」
「え!?」
シェーンは一気に血の気が引いた。まさか、とは思ったがその予測は見事に的中する。
「ベルサック卿が出るとなれば父上もご納得せざるを得ないだろう!しかも、運が良い事に彼はここに逗留している! ドーラ、彼の出立はまだ先だったよな?」
「ええ、5日後には前線に戻るとはお聞きしてます」
ドーラがテキパキと答える。
「であれば明日、出場交渉だ! まずは本人に正午辺りに約束を取り付けておいてくれ。同時に国王の予定の確認も頼む」
「畏まりました。王子」
流れるようにとんでもない事になってしまった、とシェーンは内心焦ってしまった。
だが、一方でワクワクしている自分も居ることにシェーン自身も気が付いていた。
もし実現すれば、国王の盾と称される騎士ベルサックと元勇者との対決である。
本来なら騎士団と勇者は共に魔王を討ち滅ぼす目的を共通させた仲間であるとも言える。民衆からすれば予想だにしないマッチメイクであり、この戦いに燃えない男はいないだろう。
しかしその実、処刑という体裁は以前と変わらない。
勇者は相変わらず記憶を失ったまま、魔法も使えない。
だが、その相手は国内最強の騎士の一人であり、国王にも全幅の信頼を置かれているベルサック卿である。
「どうだ!? 父との交渉次第ではあるが、実現すれば素晴らしい仕合だと思わんか?」
「え、ええ……。確かにベルサック卿であれば国王もご納得されるでしょうが……」
「ああ! そして間違いなく! 過去最高の動員数になるぞ! ふんふん!」
王子はテンションが上がったまま、小躍りしながら廊下を掛けて行った。
「王子、近衛を置いて行かないで下さい」
両手で机を持った近衛と書類を持ったドーラ嬢が王子を追い、走って行った。
シェーンはしばらく呆気に取られていたが、気がつけば椅子を持ったまま一人残されていた。
「ちょっとー!待ってくださいよー!」
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