第8話 元勇者の過去


 ー闘技場内牢獄にて、王子訪問後ー


 王子との話し合いの末、僕は4日後に再び仕合をする事になった。

 それも全てはスミスの頑張りのおかげだ。


 僕はスミスへお礼を尽くした。だけど、スミスは『1週間にしてやれなくてすまない』と謝った。

 そして、『残りの時間で何とか戦う方法を見つけ出そう』とも言ってくれた。


 彼が同じ牢に居てくれて良かったと、心の底から思う。


 スミスは商談後、『頭を使いすぎた』と言って、倒れるように眠りについた。

 一方の僕はなかなか寝付けずにいた。


 4日後の仕合をのこと、自分の記憶について。

 思い悩むことが多々あるが、アルド王子に言われた事が色々と胸に引っかかっている。


 僕はもう眠らないつもりで、商談後の王子との会話を反芻した。



 「アルド王子、質問してもいいですか?」


 商談成立後、王子は家臣たちが持って来た机と椅子で書類仕事に取り掛かっていた。事が決まったせいか、王子はご機嫌な様子である。


 「いいとも、何でも聞いてくれたまえ」


 ペンを走らせながら答えてくれた。

 

 スミスは頭を使い過ぎたと言って横になっている。これ以上王子の話を聞く気はなさそうだ。


 「じゃあいくつか教えて下さい。まず、何故僕は記憶がないのでしょう?」

 「それはいきなり難問だな……。私が知る限り、君は魔王城へ決戦に出向き、そこで記憶を失ったとされている。なにがあったのかは分からんが、相当な戦いだったのだろうな……」

 

 手元の紙をめくってその内容を確認すると、王子は続けた。


 「君たちの仲間は、魔人の魔法による記憶喪失だと訴えていたが、そんな魔法は学界でも発見されていない。皆、耳を疑っていたよ」


 そう言って、王子は片手を上げて見せた。

 

 (一体魔王城で何があったんだ……?)


 「じゃあ、僕がこの闘技場に来るまでの経緯を教えて下さい」

 「ああ、それは説明できるよ」


 そう言いながら、王子は次の書類に目を通す。


 「最初は君の仲間が廃人状態の君を連れて、王都へ逃げ帰ってきたと聞いている。覚えてないだろうが、帰国後の君は神器を失った罪で裁判にかけられてね。死刑が決まって監獄に収容された。だがその後、驚くべき事に勇者の仲間の一人が君を救い出した。あまりに華麗な手口に看守達も唖然としたそうだ」


 王子は書類にサインをすると、次の一枚を手にとった。そして、僕に目を合わせると、悪戯っぽい表情を見せる。


 「そこから先は詳しくは分からないが、奴隷市場で売られている君を見つけた。新聞を騒がせてたからね、すぐに君だと分かった。そして私が買いとった。流石に高額だったが、君の知名度なら観客も喜ぶと思ってね。その後は知る通りだ」


 どうやら僕には仲間がいたらしい。

 脱獄の後、はぐれたのか、それとも奴隷商に売られたのか……。

 それに、神器って何だ? 死刑になるくらい大事なものを無くしたのか僕は……。

 仲間については謎が残るが、次は特に重要な質問をした。


 「スミスや王子の話を聞いていると、昔僕は魔法を使っていたんですよね? どうして今は使えないんでしょう?」


 4日後の戦いに向けて、重要な情報だった。

 もし魔法を使えるようになれば、もっとマシな戦いができるかもしれない。


 僕が聞くと、王子は眉をひそめて僕に目を向ける。


 「そんな基本的なところも覚えていないのか……。記憶喪失がそこまで重症とは……何だか同情するよ」

 「えっ?」


 王子の周りの人たちも可哀想なものを見る目をしている。

 

 (……なんかまずい事聞いたかな?)


 「いいかい、この世界には魔法を使えない人間はいない。神器は無くても、一般人でも魔法は使える」

 「そうなんですか、なら僕にも……」


 そう言いかけると、王子は片手を上げて「まあ、聞きたまえ」と僕を制した。


 「これはものすごく簡単な説明だがね。人間の使う魔法は、自身の魔力”オド”と女神アルぺウスより与えられる加護である”マナ”の2つの力を合わせて発動する。だが君の場合は事情が違う。教会曰く、勇者には元々魔力が無く、女神の加護も受けられないそうだ」


 王子は教師のような口調になって答えてくれた。それならばと、僕もさらに疑問を投げかける。


 「ならどうして、魔力のない僕が勇者として魔法を使えていたんです?」

 「それは魔力が無いからこそさ。勇者には女神から神器という武具を与えられる。そこに込められているのは魔力ではなく神の力そのものだ。

それほど凄まじい力を秘めている武具だ。扱いきるには、元々魔力の無い人間が必要らしい。だが、そういう体質の人間は稀だ。私も知る限りでは君一人と歴代の勇者のみさ」


 (……なるほど、段々分かってきた)


 「神器って貴重な物なんですか?」

 「そりゃそうだよ! 聖職者が1000年祈り続けても得られないような力の源泉さ。神器がなければ魔王は倒せないとも言われている」


 王子が呆れ気味に言って、ことの重大さがやっと理解できた。

 そりゃあ、死刑にもなる。


 納得したように頷く僕を見て、王子はさらに続けた。


 「だからこそ、君がローグを倒したという事実には価値がある。単に君が勇者だったからではない。魔力を持たない者がこの闘技場最強の魔法使いを倒したからこそさ。そしてその事実をしっかりと確認するために、今夜私はここに足を運んだ訳だ」


 王子がわざわざやって来た理由がようやく理解できた。

 だが僕自身、何故ローグに勝てたのか分からない。それを解明しない事には次の仕合こそ殺されてしまうだろう。


 「僕が魔法を使えないことは有名なんですね?」

 「ああ、この世界の始まりを記録したとされる、大層ご立派な絵本にそう書いてある。国民であればみんな知っている基礎知識さ」

 「王子、そのお言葉は教会批判となります。絵本ではなく、”聖書”とご訂正を」


 王子は随分と含みのある言い方だったが、すぐに目つきの恐いメイドが王子を嗜めた。


 「悪い悪い、分かったよ。ほら、丁度終わったぞ!」


 王子は山積みの書類を片付け、立ち上がって欠伸をした。


 「ふあぁ〜〜。君らと話していたおかげで書類仕事の苦痛が和らいだよ! ありがとう!」


 既に空は白み始めている。王子はスミスの牢の中を覗き込む。


 「寝てしまったかな?」


 牢屋の中のベッドでスミスは寝息を立てていた。


 「起こしましょうか?」

 「いや、いいさ。最後に伝えておきたい事があったのだが、またここに来る口実に取っておくよ」

 「そうですか。王子、正直に答えてくれて、ありがとうございました」

 「うむ。こちらこそだよ。おやすみ!」




 (アルド王子……決して味方ではないけど、悪い人じゃないな)


 最初は王子に怒りを燃やしていた僕だが、彼は誠実に答えてくれた。

 それに僕は、王子に不思議な魅力を感じていた。


 (最後、一体スミスに何を伝えたかったのだろうか?)

 

 だがまあ、また来ると言っていたのでそれ以上は気に留めることはしなかった。


 ーーズルズル……


 そうしてある程度今夜の反芻をしていると、房の排水溝から妙な音が聞こえてきた。



 まるで、何かが這いずっているような音だった。ネズミはよく通るが、明らかにネズミ以上の大きさの何かがいる。

 僕は不気味に思い、排水溝に耳を近づける。


 「……何だろう?」

 「……何だろうじゃないわよ」


 突然、排水溝に話しかけられた。


 「うっっわ!!!!!!」

 「しぃーー……! 大声出すな……! 見張りが起きちゃうでしょ……!」


 ハッとして見張りの男を見る。すっかり寝てしまっているようでイビキをかいている。


 (……見張りとして機能してないなあの人)


 「大丈夫、寝ちゃってるよ」

 「寝かせたのよ、アンタと話すためにね」


 何だかとても落ち着く声で、排水溝の下に潜んでいる少女はそう言った。

 だが排水溝の中は真っ暗で、その姿は見えない。


 どこかで聞いた声だ……。

 そう、確かローグとの仕合中にも聞いた気がする。


 「もしかして僕の知り合い?」

 「そう……やっぱり私の事は思い出してないのね……」


 悲しそうな声色になりながらも少女は続けた。


 「とにかく説明は後よ、アンタをここから逃すわ。今脱出ルートを検証してるから明日の夜にはここを出るわよ」

 「えっ!? そんな急に?」

 「当たり前じゃない! 私の予想では直ぐにでも次の仕合が始まるわ。出ないと今度こそ本当に殺されるわよ」

 「待ってよ! 仕合は4日後に伸びたんだ! ついさっき王子がやって来て話し合った!」

 「え!? それ本当? 何があったの?」


 排水溝の彼女は戸惑った様子だ。僕は状況を整理する前に、確認した。


 「ちょっと待って、その前に君は誰なの?」

 「ああ……そうね、自己紹介しなきゃなのよね……」


 悲しそうな声で少女は話す。

 その声を聞いていると僕まで悲しくなってくる。


 「私はルイス。アンタと一緒に冒険の旅に出た……仲間の一人よ……」

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