第45話 注文の多い依頼主②

 レストラン・エスポワールは角丸町内のほぼ北西の外れにあった。建物が建っている裏の東側は、雑木林になっており、正面を西日が差す為、とても飲食店を営むのに適しているとは言いがたい。事実、とても営業をしているとは思えないほどにちていた。

「こんな場所に呼び出すとは、益々以ますますもっ童戯ふざけた依頼人だね」

「本当にこんな所に人がいるのかしら。今にもお化けが出そう」凛子はユーカリの木につかまるコアラのように探偵の腕にしがみついた。

 探偵がドアを開けると、鈍い音が鳴った。ドアの向こう側は小さな小部屋になっており、木製の赤い塗料が塗られた台が一つ置いてあった。台の上にはいくつかの物が置いてあり、探偵は目を凝らしてそれらを見た。

 台には透明で直方体の入れ物に、何やら透明感のある液体が、ほのかな泡を立てていた。側には不揃いのグラスが二つ置いている。そして葉書き大のメッセージが書かれた物があり、探偵はメッセージを黙読した。

 “いらっしゃいませ。ご来店お待ち申し上げておりました。

 伊集様には食前酒をお召し上がりになっていただきます。そちらの入れ物の中に、高級シャンパーニュをご用意させていただきました。お二人様でご用意させていただいたグラスに、等分に分けてお召し上がり下さい。”

「何?この人を喰ったようなメッセージは。伊集さん、帰りましょ」凛子は入り口ドアのノブをひねった。しかしドアは施錠されたいるのか、ビクともしない。反対の奥側にも同じくドアがあるが、どうやらそちらも施錠されているようだ。

「どうやら僕たちは閉じ込められたようだね」探偵は涼やかな表情で前髪をいじった。

「クールにしてる場合じゃないわ。この飲み物だって毒か何かが入ってるかもしれないし」ふと探偵は入って来た方のドアを見た。すると薄暗く見え難いのだが、同じような赤い台が設置してあり、その上に元気そうに泳ぐ金魚が入った金魚鉢が置いていて、その側にスポイトが置いてある。

「どうやらこの店の主人は大層親切なようだ」探偵はそう言うと、スポイトで液体を吸い取り、金魚鉢に垂らした。しばらく待つが、金魚に変わった様子はなかった。

「奴の言うシャンパーニュは安全みたいだよ」探偵は液体の入った容器を手に取り、一方のグラスにゆっくりと注いでいった。そしてある程度の所で注ぐのを止め、残りの一方に全てを注いだ。

「さぁ、凛子ちゃん、乾杯といこうか」探偵は二つのグラスを手に取り、一方を渡した。

「ねぇ、伊集さん。こんな事言ったら何だけど、そんなに適当で良いの」

「適当じゃないさ。透明の直方体の容器を傾けていくだろ?そして液体の面が丁度、はすの角々で一直線になった所が半分になるのさ。こんなの小学生の算数問題だよ」探偵の説明を聞き、頭でイメージした凛子は、なるほど、と納得したようにグラスを取り、探偵のグラスに打ち付けた。

 二人がシャンパーニュを飲み干すと、かすかな金属音が鳴った。

「どうやら次に進めって事らしいね」探偵が奥側のドアノブを捻ると、ドアはゆっくりと開いた。

 次も同じような部屋の造りになっている。今度は台の上に小さなプールのように、水が張られたプラスチック容器が置いてある。水の上には玩具おもちゃのボートが浮かんでいて、メッセージカードと共に、小さな赤い玉と一回り大きめの青い玉が二つづつ、更に反対側に小さい緑の玉が一つ置いている。

 メッセージの内容は次の通りだ。

“次は前菜を召し上がって頂きます。

 食材探しに両親と子供二人で行きました。しかし道すがら池が行く手を阻んでいます。向こうに渡るにはオンボロのボートが一艘あるだけ。このボートは大人一人、子供二人を乗せるのがやっとです。

 四人の力を合わせて、是非、全員を向こう岸に渡らせて、食材を摘んで帰って来て下さい”

 メッセージを読んだ探偵は深いため息をついた。

「まったく。何をやらせたいんだろうね」そう言うと、ボートに赤い玉を二つ乗せボートのスイッチを入れた。ボートは反対側に向け、水面を泳いだ。向こう岸に着くと赤い玉を一つ降ろし、ボートを反対側に戻す。

 次に赤い玉と青い玉を入れ替え、再びボートを走らせた。それを繰り返すと、全ての玉が向こう岸に行った。

 続いて赤い玉一つ、緑の玉を一つ乗せ、元の場所へ、緑を残したら赤玉を戻し、行きと同じ事を繰り返した。  

「ったく、は何を考えてんだ?」探偵が言い終わるか終わらないうちに、壁からグリーンサラダが二つ出てきた。

「凛子ちゃん。悪いけど付き合ってもらえるかい?」探偵は言いながらグリーンサラダを食した。凛子も釣られて食していると、また金属音が鳴った。

 やはり三つ目の部屋も同じような造りになっており、次はドアが三つ、その前にそれぞれノートパソコンが置かれている。探偵は更に深いため息をついた。

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