第44話 注文の多い依頼主①

 鳴海 凛子の危機を術辛すべからく乗り切った探偵は、翌日、凛子と示し合わせて、美々を預けっ放しにしているダドの診療所を訪れていた。

「すまなかったな、ダド。美々ちゃんの具合はどうだい?」

「あぁ、もう大丈夫だろうさ、キッズ」二人のやり取りを見てなのか、美々は笑いを堪えているようだった。

「美々。笑ってる場合じゃないでしょ。伊集さんにも先生にもご迷惑をかけたのに」姉の凛子がたしなめるように言った。

「まぁまぁ、そんなに怒ると美人が台無しだ、お姉さん」ダドは両手を突き出して上下に振った。

『ごめん、ごめん。だってさぁ、探偵の事、キッズって……』美々は小声で凛子にささやいた。

「えっ、それって……ププッ」美々の言葉に、凛子までが笑い出した。

「それじゃあ、ダド。美々ちゃんは、連れて帰るからな。さぁ二人とも、行こうか」探偵はジャケットを肩に掛け、ドアへと歩き出した。

「待ってよ、

「ちょ……ちょっと、止めなさい、美々……ププッ」

 ダドとキッズ。一聞すると、二人は父子のような関係なのかと思ってしまうのだが、お互いはそう呼ばれる事をそう思っていても、言っている双方は、実は相手をなじった言い方であった。

「何だい、先っきから。ダドが僕をそう呼ぶのは、僕を息子のように思いたいから……」

「違うよ、探偵。ダドが言ってたけど、あれは “ザでルい探偵” って意味なんだって。ププッ」

「はぁ、あのクソオヤジめ」真実を知った探偵は、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。

「そう言う探偵は、何でダドって呼んでんの?やっぱダディーから来てんの」

「違う。奴はそう思ってるかもしれないけど、あれは “ーティーなクター” って意味だ」探偵は、いつになく険しい表情を浮かべた。

「ギャハハ、もう限界だよ。二人して何それ」

「ククッ、や……止めなさい美々ちゃん」美人姉妹にからかわれ、探偵の心には、すっかり曇天が立ち込めた。


 探偵事務所に帰った三人だったが、ドアに封筒が挟んである。室内に入った探偵は、早速封筒を開封した。そこには以下のような内容が書き記されていた。

 “私立探偵、伊集様。

 ご依頼致したき案件があり、寄せていただきました。依頼内容は直接お会いしてお伝え致したいと思っております。

 付いては本日の午後三時に、角丸町かどまるちょうのレストラン・エスポワールへお越し下さいませ。尚、同行者として、女性をお一人お連れ下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。

         七篠 権兵衛”

「何だ?この巫山戯ふざた文面は。名前だって、どう考えても偽名じゃないか。しかも店名がだってさ」

「伊集さん。今回は辞めておいた方が良いんじゃないかしら。あんな事件があったばかりだし」凛子は心配を隠さずに言った。

「いや。この私立探偵、伊集 練斗。敵に背を向けるような事はしないさ。すまないが、凛子ちゃん。協力してくれるかい」

「えぇっ、ズルいよ。アタシだって探偵とデートしたぁい」美々が探偵のジャケットの袖を引っ張った。

「ダーメッ。これはデートでもお遊戯あそびでもないんだよ。美々ちゃんはいつも通りにお留守番だ」探偵はイヤホンマイクを美々の耳に付けた。

「それじゃあ、凛子ちゃん。よろしく。君の事は必ず僕が守る」そう言って出て行く二人を、美々は憮然ぶぜんとした表情で見送った。

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