第43話 桜田ファミリーの逆襲⑤

 探偵が時限装置解除に挑んでいる頃、桜田ファミリーは岸辺に停泊させておいた小型船舶で沖まで漕ぎ出していた。

文浩ふみひろよ。どうだ、ファイアウォール突破の状況は」桜田ファミリーの父・文利は、田子が仕掛けたファイアウォールを突破すべく奮闘する、次男の文浩に問うた。

「父さん。正直な心境を言わせてもらうよ。このファイアウォールはΩファイルを作った本人並みのハッキング技術が必要だ」

「文昭か……。あれは私が一日も早く出所られるように全ての罪を被った。後五年は……」苦渋の表情を浮かべ、文利は船のエンジンを始動させた。

「必ず後悔させてやる。待っていろ、伊集よ」桜田ファミリーを乗せた小型船舶は、闇夜の沖へと消えていった。



 鳴海 凛子は幼少の頃の夢を見ていた。愚図ぐずって我がままを言う自分をあやす為、忙しい父・道広が、珍しく在宅しており、凛子をぶって近所の公園まで散歩に出掛けた思い出であった。

『凛子や。もう泣くんじゃないよ。人はね、正しく生きていれば、どんなに辛い事や苦しい事があっても必ず助けてくれる者が現れるものなんだよ。さぁ、ラムネを買っていこう』幼児に話しても、分からないような話を、道広は構わずにした。それは “人間は言葉が鼓膜を震わせ脳に届けば、知識として残る。しかし意味が分からなくとも、言霊ことだまを込めて言い続ければ、やがてその人の血肉となって信念と変わる” と言う、道広にとっての考え方によるものであった。事実、凛子は公明正大なる生き方をしてきた。

 凛子のつぶった瞳から、涙が滲み出てきた時、心地よい揺れに気付き、目を覚ました。

「えっ、伊集さん?何?ここはどこ?」探偵のジャケットを肩に掛けられ、探偵の背中に負ぶられたまま、凛子は目覚めた。

「目を覚ましたかい?今回はすまなかった。僕のせいで関係のない君を危険な目に合わせてしまった」凛子を負ぶって歩く探偵のリズムと、道広のリズムがリンクした。そして道広の言葉が胸に染み入っていった。

「ううん。貴男にはいつも助けられっぱなし。父が言ってた事に間違いなかった」凛子は照れを隠すように探偵の背中に顔を埋めた。

「えっ?お父さんの?」

「ううん。何でもない。通りに出たし、降ろして」深夜も車のヘッドライトが流れる大通りで、探偵は凛子を降ろした。

 ふと通りかかったタクシーを停めようと上げかけた右腕を、凛子は掴んだ。

「少し歩かない、伊集さん」

「えっ?あぁ、僕は構わないが……」歩き出した探偵の腕を、凛子はさり気なく組んだ。

 やっと満開になろうかとする桜並木の通りを歩く二人の影を、時折流れていくヘッドライトが照らしていった。

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