第40話 桜田ファミリーの逆襲②

 県民の憩いの場所である小野野木おののぎ公園では、八分咲きにまで蕾を膨らませた桜を見物するとの前提の元、ゴザやレジャーシートを広げた酔っぱらいや、家族連れで賑わいを見せていた。

 ある者は発電機とアンプを持ち込んで、カラオケ大会に興じている。ある者は上半身だけ裸になった自身の身体に落書きをして、踊り狂っている。この季節の週末にありがちな、見慣れた光景である。

「お父たん。おちっこ」まだ就学前であろう女の子が、父親にトイレの催促をする。父親は幼女を抱き抱えて、公園中央部より道路側へ行った所にある公衆トイレへ向かった。

 トイレを済ませた女の子は、父親を見失い、中央部の遊具が集まる遊技場へ駆け出した。途中にある屑入れ籠の前で転んでしまったその時だった。けたたましい爆音と共に、目を開けていられないほどの閃光が走った。

「ま……真菜まなーっ!」父親は声が潰れるほどの叫び声を上げた。

 やがて消防、救急、警察の車両のサイレンが、耳を覆いたくなるほどに鳴り響き、平穏な週末は、またたく間に凄惨な戦場が如く光景へと変貌させた。


 このニュースを伊集探偵事務所のテレビで見ていた美々は、突如として様子をおかしくしていった。

「大丈夫かい、美々ちゃん」探偵の呼び掛けにも、両腕で頭を覆い、全身から脂汗を滲み出させ、小刻みに震えていた。

 探偵は救急車を呼ぼうと一一九番したが、爆発テロ事件により、応答するも、車両不足の為、いつになるか分からないとの事であった。仕方なく探偵はビートルを出動させた。

 無論、受け入れ病院が見つかる保証はどこにもなかった。その為、少し躊躇ためらわれたが、旧知の医者に診せる事にした。

 そこは今にも崩れそうな雑居ビルの一室だった。ドアもすすだらけの、ドアノブを握るのも躊躇われるほど汚い。

 美々を背負ったまま二階まで階段を上がった探偵は、いつも通りにドアノブに思いっ切り息を吹き掛けた。そしてポケットからハンカチを取り出すと、ハンカチ越しにドアノブを捻った。

「いるかい、ダド」

「いよぅ、生きてたのかい。キッズ」白衣姿のこの男は、前頭部から頭頂部にかけて禿はげ上がり、側頭部と後頭部にかけて、まるで綿菓子でもつけているような白く縮れた髪の毛をつけている。

「すまないけど、ニュース見たろ。急患なんだ。診てやってもらえないか」

「ニュース?さぁ何の事か知らんが、キッズの頼みだ。ベッドに寝かせてくれ」ダドは聴診器を美々の胸に宛てがった後、指先で胸を軽く叩いた。

「この、何か既往歴は?」

「うん、詳しくは知らないけど、鬱のような症状があったらしい。メンヘラとか言ってた」

「ふーん。恐らく何かのトラウマが起きたんだろう。何かの映像を見たとか音を聞いたとか、トラウマに関する五感を刺激するものに触れて、フラッシュバックでも起こしたんだろう」

「で?目は覚ますのかい」

「いや、覚ますと言うより、しばらく安静に寝かせておいてやるのが一番だ。安定剤を投与しておこう」

「じゃあしばらく頼めるかい」

「キッズとは長い付き合いだ。任せておけ」

 雑居ビルを出た探偵は、内ポケットからスマートフォンを取り出した。

「凛子ちゃんには連絡しとかないとな」するとスマートフォンは予期していたように震え出した。

「凛子ちゃん。ちょうど良かった。今電話しようと……!お前、桜田さくらだ 文利ふみとしか」

「久しぶりだな、伊集よ。収監されてる間に、お前の事は文成ふみなりに調べさせていたぜ。この番号からかかっていると言う事がどう言う事か、賢明な貴様なら分かるな」

「おい、彼女に何かしたらただじゃおかないぜ」

「ふん。それはこっちの台詞だ。こちらの要求は分かってるだろう。Ωオメガファイルだ。今夜十一時に浜野埠頭にお前一人で持参するんだ。でなければ、この女の命は保証しねぇ」電話はレクイエムのように不通音を掻き鳴らした。

「くっ……桜田ファミリーめ」探偵はスマートフォンを強く握り締めた。

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