第39話 桜田ファミリーの逆襲①

 県内でも有数の刑務所、国中こくちゅう刑務所。収容されている犯罪者の八割以上は、所謂いわゆる、知能犯と呼ばれるたぐいの犯罪者たちで、詐欺、略取誘拐、インサイダー取引違反などの知識と策略を必要とする者たちだ。

 ようやく寒波も去り、土筆つくしが地面から顔を覗かせようかとする陽だまりが優しくなった昼下りだった。国中刑務所を刑期を終えた一人の受刑者が出所した。

「もう戻って来るんじゃないぞ」刑務官のお決まりの文句に、出所したての男は、無言のまま不敵な微笑みを浮かべた。


「探偵。チョー暇なんだけど」鳴海 美々は回転椅子に座ったまま、ウェハースを口に咥え、その場で回った。

「あのね、美々ちゃん。そうそう依頼なんてこないもんなのよ、探偵事務所なんてさぁ」探偵はミルミキサーを回しながら、鼻から空気を抜いた。

「師匠。俺はまだ見習いだから仕方ないっすけど、美々は充分戦力なんだし、時給とかどうなってんすか?」最近はオールバックにしていたリーゼントを、探偵への憧れから、少し遊ばせた前髪をいじりながら、竜也は不貞腐ふてくされたように言った。

「なんで君まで事務所ウチに入り浸ってるかなぁ。大体だよ、美々ちゃんは資産家なんだから、僕の方が援助して欲しいくらいだよ」探偵は挽きたてのコーヒー豆をペーパーフィルターに入れた。

「そう言えばさぁ、探偵のウチって庶民的だったの?お父さんは何してる人」

「父は十二年前に亡くなったよ。まぁ公務員一家ってとこさ」探偵は沸いたポットのお湯をゆっくりフィルターに注ぎ入れた。

「でも、でも、探偵は公務員じゃないじゃん」

「美々ちゃん。人には色々あるもんだよ。言うなれば僕には今のスタイルが合ってるって事さ」探偵はコーヒーを啜りながら、前髪を弄った。

 するとデスクに置きっぱなしの探偵のスマートフォンが震えた。

「もしもし、やぁ、古山警部。どうかしました」電話は県警捜査二課長の古山からで、とある所縁ゆかりの犯罪者についての情報を報せるものであった。

「桜田が……分かりました。一応は気にかけておきますよ」探偵の顔色は、幾分血の気を引いたように見受けられた。

「どしたの、探偵。顔色悪いよ」

「うん?あぁ、何…昔の悪友がちょっとね」探偵の忘れたくとも忘れがたき過去が、静かに足音を立てて近付いていた。

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