第38話 背伸びをし過ぎたら脹脛が攣る②

 放課後になり、竜也は自分の学童机の物入れに、財布に入っていた、何気なけなしの三千円を茶封筒に入れ、清掃用具入れのロッカーに身を潜めていた。

あっちぃな。上着脱いどいたら良かったな。だけど犯人はいつ現れるか分からねぇんだ。ここは我慢、我慢」小声で一人言ひとりごとつぶやきながら、出来るだけ物音を立てないよう、細心の注意を払った。

 やがて空はすっかり茜色に染まり、外では家路に帰ろうとするカラスの鳴き声も聞こえてくる。

「いつだ。いつ現れる、犯人め」カッターシャツの背中は、汗でビッショリと濡れ、背中にくっ付いたシャツが不快感を増していた。

 そんな時だった。人が近付く気配があり、ロッカーの溝穴から教室内を覗いた。その人物は、クラスメイトの上田だった。部活をしていない上田は、校外でロックバンドを組み、バンド活動費を捻出する為に、アルバイトにいそしんでいる男だった。

 上田は周りを警戒するような仕草をしながら、ゆっくりと竜也の机に近付いた。意を決した竜也は、勢い良くロッカーの扉を蹴り開けた。

「遂に姿を現したな、窃盗犯、いな、上田 周平よ。お前は俺の縄に引っ掛かって、見事に犯行現場を押さえられた。もう言い逃れは出来ないぜ」竜也は探偵ばりに上田を指差した。

「な…な……何だよ。俺が何かしたってのかよ」上田は突然姿を見せた竜也に、完全に狼狽えていた。

「何かした?巫山戯んな!お前が手にしているが何よりの証拠だ」上田の手元には、弁当箱が握られていた。

「俺の弁当箱が何の証拠だってんだ?」

「いや……俺の机には弁当箱じゃなく、茶封筒が入ってて……その…お前が探ってたのは、俺の隣のお前の席……だよな。そう思ってたんだよなぁ、ハハハッ」竜也はテンションを下げながら、自分の勇み足に気付き、笑って誤魔化す他なかった。

「何だよ、びっくりさせやがって」上田は額から滲み出た汗を袖で拭った。

「でもよ、お前だってややこしいんだよ。周り気にしながら不審な行動を取るからよ」

仕方しゃあねぇだろ。ロッカーの俺が弁当箱忘れて、母ちゃんに叱られるの怖れて取りに戻るなんて、格好つかねぇよ」結局、この日犯人が現れる事はなく、竜也は家路に就いた。

 そして次の日。

「川島。昨日はダメだったけど、今日こそは犯人を炙り出すぜ」竜也は意気込んで言った。

「あぁ、神子園か。すまん。実は同じ野球部の山本が、気を利かせてジャーマネに出してくれてたんだよ」それを聞いた竜也は、ゆっくりと山本に振り返った。

「や・ま・も・と。チェースト!」竜也の正拳が、身構える山本の顔の前で寸止めされた。

「な……何だよ。いつもみてぇに殴らねぇのかよ」

「ふん。ここで殴ったら過剰防衛。悪きゃ暴行罪になっちまうからな」竜也は格好をつけてきびすを返した。

「なぁ、あいつ過剰防衛の意味分かって言ってんのかな」

「さぁ。でもまぁ誰と出会って何があったか知らねぇけど、殴らなくなったんなら良かったんじゃねぇ?」

 神子園 竜也の名探偵への道は、まだまだ遠い先の事のようだった。

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