第33話 どんな組織にも悪い奴は必ず存在する②

「不可解なんですよ。普通、放火をはたらくとしたら灯油を引き金として、燃えやすい炭素を多く含んだ物を媒体にし、それから火を放つ。それが一番手っ取り早いんです」火災調査官の吉川よしかわ 武志たけしは、火災現場のライムライトが入る協栄ビルで、皆川刑事と探偵の前において熱弁をふるった。

「それで?灯油に代わる引火剤ひきがねとして使用した物は何だったんですかね」皆川の質問に、吉川は火元の一番焦げて黒く変色した部分を指差した。

「科捜研の調査を待っても良いんですが、これは恐らく固形燃料です」

「固形燃料?それと灯油との差は何なんでしょうか」

「灯油に火を放つと、火は一気に燃え広がります。ところが固形燃料はゆっくりと静かに燃えます。固形燃料は言わば対象物が燃える切っ掛けを作る為の物です。それに対して灯油はそれ自体だけで燃えますから、酸素がある限りは轟々ごうごうと燃え続けるんです」吉川の言う通り、固形燃料が置かれていたと思われる場所だけが黒く変色しており、後はサドルが抜かれた黄色い自転車が、ところどころ黒くさせて無惨な残骸を残していた。

「吉川さんはこの自転車に火を放った事については、どう言う見解をお持ちですか」今まで黙って聞いていた探偵が、ここで口を挟んだ。

「先程も申しました通り、物が燃えるには炭素と酸素が必要です。普通、自転車を構成する物質は、金属とゴム、それと少ないですがプラスチックです。その中で炭素を含まないのは金属だけ。これは推測ですが、犯人は態々わざわざタイヤとチューブ、それにハンドルの持ち手部分のプラスチックまで外してから放火しているように見受けられます」吉川の言わんとするところはこうだ。

 放火をするに当たり、通常の放火犯は、より早くより大きな炎になるよう、引火剤と対象物を選ぶ。それは放火犯の犯行動機が、ほとんどの場合、愉快犯だからである。炎が燃え広がり、人々が慌てふためく姿を見て快楽を得るのである。

 しかし今回のこの事件は、火が燃え広がらないように、注意を払って放火していると言うのである。

「それで?皆川刑事。他の現場はどうなんだろう」

「はい。ここ以外には三件。いずれも吉川調査官の言う対象物は金属製の物になっています。引火剤も科捜研の調べでは、メタノールや植物油脂を多く含んでいる事からも、やはり固形燃料が使われている事が濃厚だそうです」これでハッキリした。皆川が言う通り、この一連の事件の容疑者は同一犯で間違いはないだろう。そして恐らくはプロだ。しかし探偵の感が確かならば、プロはプロでも炎のプロ。つまり今ここにいる吉川のような火災調査官や消防に携わる者の犯行である事が有力だと言う事だ。

「私には考えられません。我々は火災を憎み、それを防ぐ為に存在し、そしてその事が私たちの矜持プライドでもあるのです」言いながら、吉川は苦い表情を浮かべていた。

“んーっ。彼は違うのだろうか?いや。断言するにはまだ早い。こう言う熱弁を奮うタイプが真犯人だった過去もあるじゃないか”

「皆川刑事。とにかくもう少し捜査は必要でしょう。犯人像を明確にする為にも、本庁の古山警部に連絡を取って下さい」

「ふ……古山警部って捜査二課長の?」

「はい。彼のプロファイリング技術は県警内でも右に出る者がいませんから。それから僕たちの情報を共有できるようにもおねがいします」探偵はニヤリと微笑わらった後、ジャケットをひるがえした。

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