第32話 どんな組織にも悪い奴は必ず存在する①

 桃園郷とうえんごう出張から鳴海 凛子が帰還したのは、SNS誹謗中傷事件が解決した三日後だった。先より探偵から電話連絡を受けていた凛子は、帰還早々、井上 翔子の代理人として、科研との交渉に入った。

 科研との交渉を滞りなく終えた凛子であったが、その手腕と依頼人に寄り添った交渉術が認められ、顧問弁護士を失ったばかりの科研側から、新たな顧問弁護士としての依頼を受けた。

 そんな凛子が伊集探偵事務所を訪れたのは、更に十日経った日の午前中だった。

「貴男のお陰で日本を代表する企業からの顧問契約を勝ち取れたわ。これで少しは父に近付けたかもしれないわね」細かい案件や刑事の国選を進んでやってきて、正直、経営の苦しさと父・道広への劣等感を感じていた凛子は、ご満悦だった。

「それは良かった。だけど一つ、君に謝らなければならない事があるんだ」探偵は先の事件で、不可抗力とは言え、美々が危険な目に合ってしまった事を話した。

「それって貴男の責任じゃないわ。それに美々の言う事も気持ちも、何となく分かるわ。美々には私からもキツく言っておきます。だからこれからも、どうか美々の事をよろしくおねがいします」凛子は探偵が思っていた反応とは違う形を見せてきた。探偵はすっかり凛子得意の平手打ちを受ける覚悟だった。

「今日はエラく殊勝だね。何か心境の変化でも?」

「村上 千代乃さんが言っていたわ。貴男に感謝していると。旅館の文葉さんや仲居さんたちも、口を揃えて同じ事を。薬師神家の事件の時もそうだった。貴男の推理には愛がある。良く言う “罪を憎んで人を憎まず” って事を熟知しているわ」凛子はほんのりと頬をピンク色に染めていた。

「ありがとう、凛……鳴海弁護士」

「凛子で良いわ。貴男と仕事をしてきて、貴男への思いが誤解だったって少し分かった。これからもよろしくね」凛子は頬を赤らめたまま右手を差し出した。探偵もそれに応えて強く凛子の手を握った。


 それから一週間。探偵たちが住む丸屋町周辺で、不穏な小火ボヤ騒ぎが連発して起こっていた。そして探偵の行きつけであるバー “ライムライト” が入るビルでも事件が起こった。それにより、マスターは探偵にツケをチャラにする事を条件に、事件捜査の依頼を申し込んできた。

 警察の捜査によると、張り巡らせた防犯カメラの網の目をたくみにくぐり、犯行現場、経路共に何も映っていないとの事であった。

「皆川刑事。これってやはり警察関係者や警備会社なんかのプロの仕業だろうか」

「そうですね。防犯カメラにはダミーで取り付けてる物もあれば、逆に隠しカメラも存在します。これだけ巧みに避けてるって事は、少なくとも防犯カメラのデータを持っている、もしくはデータを盗み見る事が出来る人物でしょうね」プロの仕業と仮定したとしても、情報が流出し放題の現代において、真犯人を絞り込むどころか、容疑者を広げる結果となってしまう。

「皆川刑事。目線を変えて、犯行の共通点に絞ってみよう。何か気付いた点はないかい?」探偵の言葉に、皆川は事件資料をめくり始めた。

「共通点と呼べるか分かりませんが、どれも小火で済んでるって事です。まるで大火にならないように、加減してるような」皆川の言葉に、探偵はピクリと反応した。

「ちょっと待て?火の加減……火を操る……火のプロ?」探偵の感が激しく働いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る