第30話 殴るは恥だが役に立つ③

“それでどうだい?女の合成写真の出来具合はよぅ”

“むっちゃ上手く上がってますよ。見て下さい。どっからどう見ても中年男とラブホに入ってくように見えんでしょ?”

“へぇ、やるモンだなぁ。これをスィッターに添付して上げるって訳か”

“はい。これで科研さんも喜ぶんじゃないっすか?”

“おい!滅多に先方の名前、出すんじゃねぇ。どこで誰が聞いてるか分かんねぇんだぞ”

「はいはい。ちゃんと聞いてますよ」探偵は仕掛けた盗聴機からの録音音声を聞いて、ニヤついた。

「ねぇ、科研ってさぁ、もしかして日本科学研究所の事?」美々は回転椅子を身体ごと回して探偵の方を向いた。

「うん。でもこれは日本科研食品の事だと思うよ」

 日本科研食品とは、国の運営する国営機関である日本科学研究所が、国税だけに頼らなくとも良いように、食品研究を主とした営利機関である。インスタント食品や冷凍食品などを研究、開発、製造、販売までして、その利益を母体の科学研究所に還元する事が存在意義である、一部上場も果たしている株式会社だった。

 依頼人の井上 翔子は、科研食品の下請け企業である三星さんせい化学かがくの元研究者で、とある研究で大きな成果を上げた。その際、翔子は研究成果を上に報告する前に、個人として特許申請を行なった。

 事後報告を受けた三星化学は、その研究成果を聞き、小躍りして喜んだ。そして当然のように特許申請を行なったが、個人とは言え、先に申請を行なった翔子の方が優先され、特許は翔子個人のものとなった。

 三星は翔子に特許破棄を求めたが、翔子はこれを固辞こじした。その為に会社から研究者としての椅子を外され、不遇な扱いを受けた。これにより翔子は辞表を提出し三星化学を去ったのだ。

 探偵が依頼を受けた時点では、黒幕は三星化学かと思われたが、翔子が取った特許は、科研食品にとっても非常に重要なものであった。科研食品が開発中の食品にとって、無くてはならないものだったのだ。

 翔子の特許のせいで開発が頓挫とんざしてしまった為、半グレ集団を利用してでも翔子に破棄させようと目論もくろんだものと思われた。

「どうすんの、探偵。止めさそうと思ったら、国に喧嘩売るようなもんじゃん」

「いや、科研も恐らくこんなやり方をするとは思ってなかったと思うよ。せいぜい軽く脅すようなやり方で、女一人の腕を簡単にひねるくらいにしか思ってなかったと思う」

「じゃあ金鷲会に直接乗り込むの?」

「うん、乗り込むと言うか、交渉だね。奴らの犯した不法行為を科研に持ってくって言えば、すごすごと手を引くと思うんだ」

 こうして美々に見送られた探偵は、証拠品を携え、一路、金鷲会へ向かった。


「まぁそう言う訳だから、すんなりと手を引いてもらえないだろうか?」探偵は金鷲会組員の説得を試みた。しかし余程、報酬が良かったのであろう。組員はいきり立って、ナイフを手に探偵に襲いかかった。

 探偵は後ろに下がりながらも、ナイフを避け、相手の脚を引っ掛けた。勢い余った組員は、ナイフ片手に入口付近に突っ込んだ。

 しかし、なんとそこには美々が立っていた。

「み……美々ちゃん!」探偵の叫び声が虚しく響いた。

「チェースト!」美々の後ろから、金髪リーゼントのスカジャン姿の男が、組員の顔面目掛けて右脚を伸ばしていた。

 顔面に蹴りを食らった組員は、堪らず気を失い、崩れ落ちた。しかし男はそのまま左脚を軸に身体を捻ると、組員の後頭部にかかとを落とした。

「何?何?タッちゃん?」美々からタッちゃんと呼ばれた男は、勢いそのままに、奥にいる幹部と思われる男に向かい、飛び蹴りを食らわせた。蹴りが鳩尾みぞおちに綺麗に入った幹部の男も、その場に崩れ落ちた。

「おい!お前さん、何をやってんだ。こりゃやり過ぎだぞ」いつもクールな探偵が声を裏返す勢いで叫んだ。

「はーん?アンタ、美々を危ない目に合わせといてなんだよ。アンタもブッ潰してやんよ」今度は探偵に向かって襲いかかってきた。探偵はこめかみに目掛けてきた蹴りを、両腕で受け止めると、足首を掴んで腕を回転させた。金髪男は身体全体が宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。

「はい!」探偵は倒れた金髪男の鼻先で、拳を寸止めした。

「ま……参った!参りました」男は目を見開き、簡単に降参した。

「君、何者か知らないけど、やり過ぎなんだよ。悪いのは彼らなのに、君がした事は、過剰防衛、悪きゃ暴行罪になっちゃうよ」

「そうだ。恥を知れ、恥を」美々からも言われ、金髪男はしょんぼりした。

「美々ちゃん。君も君だよ。何でここに来てんの?絶対に現場には来ないように言ってあったのに」探偵は珍しく声を荒らげた。

「だってさぁ。探偵が危ない目に合うんじゃないかって心配だったんだよ」美々はすっかり涙目になっていた。

「分かった、分かった。ところで美々ちゃん。彼は何なの?」

「アタシの幼馴染みで神子園みこぞの 竜也たつや。幼稚園の頃から空手を習ってる有段者だよ」

「その幼馴染みの竜也君が、なんでここにいんの?」探偵に言われ、項垂うなだれた

まま竜也は口を開いた。

「だって……だってよ、美々が危ない事に手を出して、危険な事に巻き込まれてるって聞いたからよ」

「ふーっ。じゃあ何?美々ちゃんのストーカーって訳?」

「違うよ。俺は美々を見守っていただけで…美々。美々、許してくれよ」竜也は美々に抱き付こうとした。

「キャーッ!」美々は頭を抱えて身をひるがえした。すると気を失っていた組員が起き上がり、美々に襲い掛かろうとしていた。美々にかわされた竜也は、勢い余って、組員の顔面に頭を衝突させてしまった。

「あぁあ、彼、完全に鼻が潰れちゃったよ」探偵は呆れたように両手を肩の高さで広げた。

「うーん、美々ちゃんを救ったんだから、結果オーライってとこか。まぁ殴るは恥だが役に立つってね」探偵は事務所の窓外に目を向け、真っ青な空を見つめた。

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