第29話 殴るは恥だが役に立つ②

「探偵。会いたかったよ。探偵もいとしの美々ちゃんに会いたかったでしょ」伊集探偵事務所に入るなり、美々は探偵に抱き付いた。

「こらこら、そういう事をするから凛子ちゃんが怒るんだよ」探偵はすがり付く美々を無理に引きがした。

「別にもっといちゃいちゃしたって良いじゃん、探偵。姉貴はいないんだからさぁ」お気楽な美々の態度に探偵は鼻から空気を抜いた。

「話しは変わるけどね、この投稿が今回の依頼があったものなんだけど、投稿者の特定は可能だろうか」パソコンを立ち上げ、スィッターの投稿欄を見せて言った。

「あんねぇ。こういったSNSは開発者にアカウント開示申請をしなきゃ特定出来ないの。そんな事も知らないで探偵やってんの」美々は姉の凛子バリに辛辣な言葉を浴びせつつ、面倒臭さそうにパソコンのキーを叩いた。

「スィッターの開発者はジョディ・ドロシーって女性なのね。ドロシーとアタシはインステで相互フォローし合ってるからDMのやり取りもやってんの。出来っかどうか分かんないけど、裏ルートからの情報開示が可能かやってみんね」美々はウェハースを咥えたまま、気怠けだるそうに言った。

 美々が手を止めて数十秒後、パソコンから通知音がなり、再び美々の手がせわしなく動いた。

「うん。発信元は海外のサーバーをいくつか通してるみたいだけど、これって……

金鷲会じゃん」美々の言葉を聞き、探偵は反応した。金鷲会は先の特殊詐欺事件の黒幕であった反社会的勢力の、元暴力団組織だ。

「美々ちゃん。これはただのネット書き込み事件とは訳が違うかもしれないね。裏にもっと大きく黒い組織がからんでるかもしれない」探偵は美々に一通りの指示を出すと、ジャケットを羽織って探偵社を出た。

 探偵のビートルは、とある雑居ビル横の駐車場に停められた。車から降りた探偵は、そのまま隣接する雑居ビルの三階へと上がった。三回フロアには三室が入っており、階段を上がって一番奥の扉の前に立った。扉には小さなアクリル板が貼り付けられており、かすんだ黒いゴシック文字で、田子技研、と書かれている。

京作きょうさく、入るよ」奥のデスクには、銀色の髪をして頭にゴーグルらしき物を引っ掛けた、白衣姿の男がいた。

「煉ちゃんさぁ、いつも言ってっけど、入ってから入るよっての止めてくれる」田子たご 京作は器用に半田はんだ小手ごてを操りながら、探偵の顔を見ずに答えた。

「今回はヤバめの案件なんだ。なんか新兵器とかないの?」探偵は半田小手から出てくる煙を手であおぎながら、田子の作業を覗き込んだ。

 田子は製品を凝視したまま、半田小手でデスクの隅っこを叩いた。叩かれた場所に目をらすと、分かりにくいが、ワイシャツのボタン大でシールのような薄さの物が置いてあった。

「それ、送りの方。こっちが受け」

「へぇ。これ、かなりコンパクトだね。で?これシールみたいになってんの」

「そう。裏のセロファンを剥がして、付けたい場所に貼り付けるだけ。範囲は障害物なしで半径五百メートル。周波数は五百キロヘルツとエーエムラジオ並みにしてあるから、入り組んでても、結構拾うよ」

「ふーん、優秀じゃない」探偵が褒め讃えているところ、田子はゆっくりと半田小手を置いた。

「後はカバーを嵌めてっと。はい。七万円ね」

「えらく良心的じゃない」探偵は田子のデスクに一万円の札束を置いた。

「ふん。前回のをチョチョイと触っただけだからね。言わば三号機 “改”ってところかな。例のあれも付いてるから」

「サンキュー。また何かあったら頼むね」探偵は田子の元を出て、再びビートルに乗り込んだ。

「さぁてと、こいつをどうやって設置するかだよね」座席に座った探偵は、両手を組んで後頭部にてがった。ふと窓外に写る郵便配達員が目に入った。

「そう言う手があったか」ニヤリと笑うと、探偵はビートルのエンジンをスタートさせた。

 探偵のビートルは、また別の雑居ビルの前に停車し、一つの郵便受けから郵便物を取り出し、田子から受け取ったシールを貼り付けた。

「これで良しっと」探偵はそのまま雑居ビル向かいのカフェに入った。そしてテーブルの上に田子から受け取った機械を置き、機械の横にある穴に、USBを挿した。

 用意を終え、窓外を見つつブラックコーヒーを啜っていると、雑居ビルから柄の悪い男が、先程の郵便受けから郵便物を取り出し、上に上がっていった。そのタイミングで探偵は腕時計型マイクに話しかけた。

「美々ちゃん。聞こえる?もうすぐスピーカーから音声が聞こえると思うんだけど、その音を拾ってっといて」

「オーケー!あんま指示がないから寝ちゃうとこだったよ」イヤホンからキーボードを激しく叩く音が聞こえてきた。

 間もなく、機械から男たちの会話が聞こえてきた。その内容は、探偵が下調べした内容を大きく上回る巨大な黒幕バックの存在をほのめかせるものだった。

「うーん。こりゃ厄介だねぇ」思案に暮れながら、探偵は残りのコーヒーを飲み干した。

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