第27話 名探偵は安らぎの地でも事件に遭遇する⑥

 館内はまるでお通夜でも執り行なわれているように静寂に包まれていた。

 探偵が泊まる梅の間に朝食が運ばれた。鯵の干物を焼いたものに、かぶらのめかぶ和え。サヤエンドウの胡麻和えに出汁巻き玉子や納豆、焼き海苔などのおかずが、お膳を賑わせていた。一方で茶碗は反対にひっくり返してある。

「あのぅ……大変申し上げ難いんだけど、ご飯は……」探偵は仲居に申し訳なさげに言った。

「えっ、あら、ごめんなさい。私とした事が。すぐにおひつをお持ちしますね」仲居は慌てて部屋を後にした。

「まぁ板場が落ち込んでいないのが救いかな。ってか美味い」朝食後、最後の湯を堪能した探偵は、旅館を後にする事にした。

「伊集様には大変お世話になりながら、大したおもてなしも出来ず、申し訳御座いませんでした。次のお越しを従業員一同、お待ち申しております」女将の文葉は三つ指をついて礼を言った。

「僕の方こそ申し訳なかった。一番の古株である千代乃さんを糾弾する結果になってしまったのは僕としても残念です。しかし人は罪を犯してしまった以上、やはりそれを償わなければ、先には進めません。彼女の罪が出来るだけ軽くなるよう、優秀な弁護士にお願いする事をお約束します。ですから彼女が戻ってきた時には、また明るく迎えて上げて下さい」最後に言葉を残した探偵は、まだ雪深く残る道を、駅に向かって歩き始めた。

「おーい。先生。伊集先生」恰幅の良いジャンパーを羽織った男と、細身のスーツ姿の男が追いかけてきた。

「おや。南警部補に東刑事じゃありませんか。慌てて走ってきてどうかしましたか」探偵の吐く白い息が、より一層、探偵のクールさを浮き立たせた。

「いやーっ、先生には脱帽です。見事な推理。我々だけではこうもすんなりとは解決しなかったでしょうな。これは詰まらん物ですが、せめてもの感謝の気持ち。お受け取り下さい」南警部補は何かの菓子折りを手渡した。

「これは?」

「これは桃園郷名物の合掌がっしょう最中もなかです」南は胸を張って得意満面に答えた。

「はぁ、まぁ折角のお心遣いなので」探偵は丁重に感謝を受け入れた。

「こうやってお会い出来たのも何かのご縁。また何かありましたら、是非、お願いします」南警部補は手のひらを何か受け取るように差し出した。

「あぁ、それでは」探偵は懐から名刺を取り出し渡した。

「では、電車の時間がありますので、これで失礼を」探偵はきびすを返し、雪道を急いだ。

 やがて桃園駅に二両編成のワンマン列車が到着した。座席に着くと、列車はゆっくりと動き始めた。車窓に映る雪景色は、動く絵巻物のようであり、探偵を感傷へと浸らせた。

「村上 史明……まだいたんだ。こんなところに僕の知らない安佐川の犠牲者が……」探偵の視線は、雪景色のもっと向こうの遠くを見つめていた。

 列車は徐々にスピードを上げ始めた。

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