第24話 名探偵は安らぎの地でも事件に遭遇する③

 司法解剖並びに鑑識結果が出て、旅館の従業員と宿泊客は一箇所に集められた。

「被害者の黒川 宗介さんの死因は頸動脈を圧迫された事による窒息死と分かりました。死亡推定時刻は午後八時前後という事が分かりました。と言う訳でこれから個別にアリバイの有無を確認させていただく訳ですが、女性は結構です。男性のみ残って下さい」南警部補は胸を張って言った。

「ちょっと待って下さい。何故男性だけなんですか」探偵が口を挟んだ。

「また君かね。良いか、頸動脈の圧迫と言ったが、黒川さんの頸椎には脱臼痕が見られたんだよ。つまりはだな……」

「つまりは高所からロープなどで首をくくった。体重が八十キログラムもある大男を女性一人で釣り上げるのは不可能だ。だから犯人は男だと」探偵は遊ばせた前髪をいじりながら言った。

「なっ……おっ……あぁ、その通りだ。それだけ分かってるんなら……」探偵は南を手のひらで静止した。

「犯人が男性だと決め付けるのは少し乱暴です。女性にだって犯行は可能かもしれませんよ」探偵は意味を言い含めた。

「女性にだって可能?何故そんな事が言える」

「さぁね。それには現場を見てみる必要があります」探偵は促すように右手を突き出した。

「うっ……い……良いだろう。おい東。案内してやれ」東は探偵を菊の間に案内した。

 部屋内は玄関の沓脱くつぬぎを通ると、八畳ほどの和室が広がっており、奥には一間いっけん分(幅約千八百ミリメートル)のバルコニーに出る為の引き戸が備え付けてある。

 探偵は警察から拝借したヘアキャップ、靴カバー、手袋を装着して、沓脱ぎにゆっくり入った。玄関をグルリと一瞥すると、和室へと入り、ほぼ中央辺りで天井を見上げた。

 この建物は二階建てであり、この菊の間はほぼ中央に位置していた。その為、合掌造りの茅葺き屋根の真ん中のはりが剥き出しに見えた。

「へぇ、立派な一本丸太の梁ですね」梁は松の一本丸太が使用されており、高さ約四メートルの位置を横切っていた。

 次いで探偵はバルコニーへと出た。バルコニーにはひのきで作られた湯船が、出てすぐ右側に設置されていた。これが露天の内風呂だ。

 バルコニーに内風呂が備わっている割りに、バルコニーから和室へ出入りする為の段差が、五センチメートルほどしかなかった。恐らく内風呂は後付けされたものなのだろう。

 探偵は檜風呂を眩しそうに眺めた後、バルコニーから身を乗り出して外を覗いた。

 下は庭が広がっており、地面には今朝早くまでシンシンと降り続けた雪が積もっている。探偵はそのまま半身をひるがえし、上を見上げた。そこには五十センチメートルほどのひさしが突き出ていた。探偵は更に身を乗り出し、庇の上を見た。

「綺麗に雪降ろししてありますね。これは誰の仕事ですか」態勢を戻すと探偵は数名立っている和室に向けて話した。

「私が話します」一人だけ違う着物を着た、若い女が前に出た。

「おや?貴女はもしかして」

「はい。女将の文葉あやはと申します。庇の雪降ろしは誰がやるとは決まっていません。大体はその部屋の担当の仲居が務める事になっています」

「その担当というのは」東刑事が手帳を手に口を挟んだ。

「あの……私です」第一発見者の仲居の美久だった。

「なるほど。それでは貴女が雪降ろしをしたのですか」

「いえ。仲居頭の千代乃さんから、急遽部屋を変更したから、お気を悪くされてはいけないから、とお出迎えの接客は千代乃さんが申し出てくれたんです。雪降ろしについては私には分かりません」美久は目を一杯に閉じて、強く首を横に振った。

「確か黒川氏のお膳を引きに行った際に遺体を発見されたのでしたね。その時に気付いた事は何かありませんか」探偵の質問に、美久は困惑の色を浮かべた。

「そう申されましても……ただただ驚いただけで」人の死を目の当たりにしたのは初めてとみえて、相当に混乱していたようだ。こうなると美久の口から、それ以上の有力情報は聞き出せそうにない。

「分かりました。女将さん。すみませんが、上の梁を調べたい。梯子はしごなどはありませんか」文葉は番頭に言って、伸縮式の二段梯子を持って来させた。

 探偵は梁から延びている、これまた立派な大黒柱沿いに梯子を伸ばすと、大黒柱に立て掛け梁に向かって駆け上がった。そして梁をくまなく調べ上げた。

 探偵は降りて来ると、南警部補に真正面に向かい合った。

「南警部補。この事件の犯行手口が分かりました。これで容器者は恐らくですが午後六時半から七時半の間にアリバイのない、この旅館にいた人物全員です」

「六時半から七時半?おい、ハチャメチャな事を言うな。死亡推定時刻は解剖で八時前後と出てるんだぞ」

「犯人は時間差を作る為にあるトリックを使ったんですよ。そして恐らくは犯人は女性です」探偵は不敵にニヤついた。


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