第23話 名探偵は安らぎの地でも事件に遭遇する②

 滅多に大きな事件など起こらないこの温泉地で、殺人事件があったとして、周囲は騒然となった。臨場りんじょうした地元県警捜査一課の刑事たちも、困惑の色を隠さなかった。

「おい、お前さぁ。この前に殺人事件を担当したのっていつだっけ」捜査の指揮をとる南警部補が部下のあずま巡査長に尋ねた。

「僕が三年前に捜査一課に配属になって初めてです。何年前って言われたって分かりませんよ」はたで会話を聞いていた探偵は溜め息をついた。

「あの……司法解剖の結果はいつ分かりそうですかね」

「はっ?あんた誰?」もちろんそうなる。

「失礼。僕はこう言う……」探偵は着ていた浴衣の懐に手を入れた。

「そっか。僕は私立探偵をしている伊集 煉斗と申します。たまたま休暇でこの温泉地に赴いていたところ、この事件に遭遇した訳です」

「ほうほう、警察も舐められたものですな。こんな事件くらいあなたのような方の力をお借りしなくとも、我々で解決しますがな」南は鼻息荒く答えた。

「そうですか。それではお手並み拝見と言う事で」探偵はきびすを返して旅館へと入っていった。

 そのまま菊の間へ行った探偵は、規制線の外から現場を眺めた。

『この部屋は明らかに僕の部屋とは違う。何が違うんだ?』そこへ通り掛かった仲居に声を掛けた。

「えぇ、この部屋は特別室ですので内風呂がついてございます。黒川様はご希望なされませんでしたが、生憎あいにく、この部屋しか空いていなかったと仲居頭からは聞いておりますが」

「仲居頭?女将おかみさんではなく」探偵は仲居の言葉に違和感を感じた。普通は部屋の割り振りを考えるのは女将の仕事だ。その事をこの仲居は仲居頭から聞いたと言ったのだ。

「えぇ、仲居頭の千代乃ちよのさんはここに務めて二十年以上になります。でも女将は女将になってまだ三年ほどしか経ちません。言ってみれば仲居頭の千代乃さんが教育をしながら業務をこなしているような状態なんです」なるほど分かった。実質的な経営の実権を握っているのは千代乃だという事になる。

「ふーん。そうなんだ。ところでさぁ特別室の温泉と大浴場の温泉は同じ源泉なのかな」

「同じと言えば同じですが」仲居の奥歯に挟まったような言い方に探偵は反応した。

「ここの源泉は五十度から六十度くらいあります。大浴場はそのままかけ流しにすると、当然温度が高過ぎるので、地下水で温度を下げています。内風呂はポンプで二階まで吸い上げるのですが、特にこの時期は、外気が低いので、給水管を伝う間に温度は適温になるので、源泉そのままが供給されています」

「そう言う事か……それで千代乃さんはここに来る前は何をしてたの」

「詳しくは知りませんけど、なんでも官僚だか政治家の奥様であられたとか。ご主人が自殺で亡くなられて、ここにおいでになったとか。あっ!私が言ったなんて言わないで下さいよ」探偵は人差し指を唇に当てがいウィンクした。

 一度自室に戻った探偵は、ノートパソコンを開き、何やら検索をし始めた。そして検索結果から、ある一つのネット記事に目を止めた。

「ふーん。そんな事が……後は司法解剖の結果と、どうやって実行したかだよね」探偵は熱い日本茶を啜った。

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