第22話 名探偵は安らぎの地でも事件に遭遇する①

  某県、某所。桃園郷とうえんごうと言う温泉地がある。さとのあちこちには屋根にかやいた、合掌造りと呼ばれる昔ながらの製法で建てられた建物が軒を連ねている。まさに日本の原風景とも呼ばれる有数の地である。

 探偵は資産家密室殺人事件の報酬を得て、骨休めにと、この土地を訪れていた。

「あぁ、なんて良い湯なんだ。凛子ちゃんも意地なんか張らずに一緒にくれば良かったのに」探偵は手ぬぐいを頭に乗せてくつろいでいた。

「おや、恋人に振られましたか」湯けむりの向こうから人影が近付いてきた。

「いやーっ、恋人と言うか、仕事のパートナーと言うか」探偵は両手で湯をすくい顔を洗った。

「そうですか。しかしやはり温泉と言えば、やっぱりこういった大浴場が一番ですなぁ」この声を掛けてきた男、名を黒川くろかわ 宗介そうすけと言い、ジャーナリストをしていると言った。

 ここ桃園郷も仕事で来たらしく、一段落終え、名湯で知られるこの温泉地に脚を伸ばしたのだそうだ。

「へぇ、仕事で。どんな取材だったんですか」

「取材と言うか、まぁ言ってみればスクープ狙いってやつですよ。ほら俳優の立花たちばな まことっているでしょ?彼が既婚者にも関わらず、彼の故郷で同級生と不倫してるって情報タレコミがありましてね。見事ビンゴでしたよ」黒川はカメラを構える格好をして、上機嫌に話した。

 どうやらジャーナリストとは名ばかりの胡散うさんくさいパパラッチなようだ。

「それじゃあ、お先に」先に入っていた黒川は浴室を出た。

 探偵は湯船から見えるオレンジ色の夕日が真っ白な綿帽子を被せた山々に反射して見事な白銀のコントラストを描く光景を眺めながら、仕事の事も忘れ、一時の安らぎを感じた。

 風呂を出た探偵の個室に料理が運ばれてきたのが午後七時の事だった。豪華な日本懐石に舌鼓を打ち、少しの日本酒も堪能し、ほろ酔い気分になったのが午後八時半を少し回ったところであった。

「さぁて、酔い覚ましにもう一風呂ひとっぷろ浴びてくるか」探偵は手ぬぐいを片手に浴室へ向かった。

 湯を堪能しながらも、そろそろ上がろうと脱衣場へ出た午後九時を回った頃、遠くから悲鳴のような音を聞いた。

 探偵は慌てて着衣すると、声がしたと思われる二階へと急いだ。すると既に一室の前に人混みがたむろしていた。

「どうした。何かあったんですか」人混みの後ろの方にいた、着物を着た仲居と思われる女性に声を掛けた。

「えぇ……菊の間に仲間の美久みくちゃんがお膳を下げに行ったら、お客さんが……」探偵は人混みを掻き分け、菊の間の入り口に立った。

「こ……これは」そこには探偵が風呂で出会った黒川の無惨な姿が横たわっていた。

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