第19話 探偵なんだから密室トリックくらい解き明かしなさいよ③
薬師神 恭太郎の遺体を調べたところ、生体反応の見られる圧迫痕が両頬にある事が判った。肉親以外の二人からの供述と合わせて、より他殺の可能性が濃厚となった。
「んーっ、分からん」大岩警部は癖なのか、頭頂部をボールペンで掻いた。
「もし他殺だとしてですね。犯人はどうやってこの部屋を密室にしたのでしょう。閂錠は部屋内からしか掛けられませんし、窓は上の方にある縦二十センチメートルほどの横長の物だけです。あれでは二階という事もありますし、先ず出入りするのは無理でしょう」坂本刑事の言う通り、恭太郎の部屋は完全な密室状態であった。
「これじゃあ仮に容疑者が見つかったとしてもだな、犯行不能、証拠不十分で逮捕も出来んじゃないか」大岩は一層強く旋毛を掻いた。
一方ですっかり冷めてしまった豪華なディナーが並べられたダイニングでは、新たな来客を迎えていた。
「遅かったじゃないの、伊集さん」凛子は探偵を
「本当、姉妹揃って人遣いが粗いんだから」探偵は鼻から空気を抜きながら、両手の平を上に、肩の辺りで腕を広げた。
「突然だけど、あなたご自慢の推理で事件を解決してもらえるかしら」そう言って凛子は皆川刑事から聞いた情報を元に、事件の概要を説明した。
「ふーん。でも今回もタダ働きだろ。こっちは慈善事業で……」
「百万よ。ここをどこだと思ってんの。天下の大財閥、薬師神家よ。報酬なら想いのままだわ」探偵はピクリと反応した。
「……まぁ報酬が出るなら仕方ない。これも仕事だと思って見てみよう。では現場にご案内願えますか」平静を保ちつつも、探偵の脳内では百万円の使用明細がプリントアウトされていた。
「ん?誰だ。ここは事件現場だぞ。さっさと出ていけ」大岩は持っていたボールペンで指差すように言った。
「いえね。お客さんがどうしても現場を見たいとおっしゃるもので」恭一郎の言葉はどこか歯切れが悪かった。
「大岩警部でしたね。こちらは恭一郎さんが雇われた私立探偵の伊集さんです。事件解決にあたってお力を貸して下さるようですので、ご協力お願いします」凛子の凛とした発言により、大岩も一歩引いた形になった。
探偵は事件現場となった恭一郎の部屋をグルリと
「良いですか。先ずこの部屋の閂錠は特殊な物で出来ています。おそらくは板金職人のような方でしょう。ですから錠を掛けたとあっては、ピタリと
「なるほど。これなら確かにドアは微動だにせんな」大岩は錠が掛かった状態でドアノブを
「と言う訳で、外から錠を掛けるのは不可能です」探偵は前髪を掻き上げながら言い切った。
「何を訳の分からない事、言ってんの。探偵だったら密室トリックくらい解き明かしなさいよ」探偵は深く溜め息をついた。
「こういうのはどうだ。ドアを閉めた後、磁石を使って閂を動かしてだな……」興奮気味に話す大岩を、探偵は右手で静止した。
「無理ですよ。大体、磁石で動かそうとすると、二重になっている壁伝いに動かさないといけない。それでは余程の磁力がある磁石でない限りは動かないでしょう。それになにより、閂はステンレス製だ。磁石では動かない」
「うーん。やはり無理か……こうなると自殺って事で処理するしか」大岩が言っている側で、探偵は閂を凝視していた。
「ふっ、そういう事か」探偵は不敵に微笑んだ。
「トリックが解けたの」
「あぁ、これからそれを実演して差し上げましょう」
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