第17話 探偵なんだから密室トリックくらい解き明かしなさいよ①

 県内でも郊外の外れにある一軒家。閑静な高級住宅街と言われる中でも、一際豪邸とも呼べる造りになっている薬師神やくしじん家。

 家主かしゅ恭太郎きょうたろうはリビングでアフタヌーンティーとマカロンを味わいながら、BGMには優雅にモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークが流れている。

 恭太郎はロッキング・チェアに揺られながら、この名曲の調べと、最高級ダージリン・ティーの香りを楽しんでいたのだ。

「旦那様。そろそろお薬の時間でございます」彼これ住み込みを始めて二十年になろう、メイドの春日部かすかべ 詩織しおりが声を掛けた。

「うむ。いつもすまないな。詩織よ」恭太郎はメイドに促されるままに、高血圧の薬を服用した。

 その後、恭太郎は秘書兼執事の玉川たまかわ 誠司せいじに付き添われ、二階の自室へと入っていった。小一時間の昼寝をする為だ。これらの一連の流れは恭太郎の日課である。

「詩織さん。親父は寝たかい」恭太郎が上へ上がって三十分ほどして、二階から長男の恭一郎が降りてきた。

「はい。三十分ほど前に上がられました」

「そうか。すまないが僕にコーヒーを入れてくれないか」そう言うと恭一郎はレコードプレーヤーにいき、LDを入れ替えた。スピーカーからは、先ほどの優雅な調べとは対極の、派手なエレキギターを掻き鳴らす爆音が流れ出した。恭一郎はかかとを床に打ち鳴らすようにリズムを取った。

「恭一郎坊ちゃん。コーヒー置いておきますね」詩織はテーブルにコーヒーカップを置くと、派手な音を嫌がり、楚々草そそくさとキッチンに引っ込んでしまった。

うるさいなぁ。またその音楽、鳴らしてんのかよ、兄貴」音楽が鳴り始めて更に三十分ほどしてから、今度は次男の恭之やすゆきが二階から降りてきた。

「なんだよ恭之。お前にはこの素晴らしいロックの良さが分からないのか」

「そんな事を言ってるんじゃないよ。今、決算書の作成に集中してるんだ。そんな音楽鳴らされたら気が散って仕方ないって言ってんだよ」恭之は辟易したように鼻から空気を抜いた。

「ふん。何が決算書だよ、役員振りやがって。言っとくがな、先っき親父が流してたクラシックからボリュームは触ってないぜ。親父には文句を言えないが俺には言うってのか」言いながらも恭一郎はボリュームを下げた。

「ボリュームの大きさを言ってるんじゃないよ。質の話しだ。大体、役員振るって兄貴の方が役職としては上なんだから、もう少し自覚を持ってくれよ」

「ハイハイ、分かりましたよ」恭一郎は仕方なくレコード盤から針を外した。

 兄弟のいざこざがあって二時間ほどが経った。ダイニングテーブルにはメイドの詩織がこさえた豪華な料理たちが並べられた。夕食は代表取締役社長の恭太郎、専務の恭一郎、常務の恭之が揃って囲む習わしになっていた。

 この頃に恭太郎は二階から降りてくるのが日常だ。しかしいつもは玉川と一緒に降りてくるはずが、この日は玉川だけが、少し慌てた様子で降りてきた。

「恭一郎様。旦那様がいくらノックをしても応答なさいません」玉川の台詞に恭一郎は鼻から空気を抜きながら、あたかも仕方なしと言った具合に立ち上がった。

「親父。オイ親父。飯の用意は出来てるぜ。早く出てこいよ」恭一郎が荒っぽくドアをノックするが、まったく反応がない。

「なんか嫌な予感がするな」後ろから様子を見ていた恭之が呟いた。

「オイ、玉川。斧だ。斧を持ってこい」恭一郎に言われて、玉川は慌てて一階の納戸へ走った。

 しばらく玉川が斧を持って上がってくると、受け取った恭一郎がドアの真ん中辺り目がけて斧を振り降ろした。分厚いドアは一度では貫通するに至らず、恭一郎は二度三度と斧を振り降ろした。

 ようやく貫通した穴から腕を突っ込んで、中から掛けられたかんぬきじょうを外した。そうして中に入ると、部屋の中ほどに設置してあるロッキングチェアに力なく座り、口から小さな泡を吹いて目を見開く恭太郎の姿があった。

「詩織さん。すぐに一一九番に電話だ。恭之は警察に。玉川は会社の取締役連中に連絡してくれ。俺は親父を介抱する」恭一郎の指示により、それぞれが部屋から散っていった。

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