第14話 騙す奴らは馬に蹴られて死んじまえ②

 探偵は山手町の住宅街にいた。住宅街の総面積は約二十八ヘクタールほどあり、標高差三十メートルほどの小高い丘状の立地であった。

 勾配は平均して十パーセントほどあり、キツいところでも十五パーセントほどである。探偵はその登り勾配を、目的の佐々木邸へ向けて歩いていた。

「し……しんどい。ねぇ美々ちゃん。もっと近道とかないの」探偵は左手首を口に当てがって一人言のように文句を言った。

『知んないけどさぁ。運動不足なんだよ、探偵。弱いモンイジメしてる悪い奴らをやっつけんでしょ。ほら、頑張れ、頑張れ』美々に尻を叩かれ、ようやく頂上近くまで来たところにそれはあった。どうやら高級住宅街とは言っても、頂上から順に下に降りて家が建てられたらしく、立派に思える建物は中腹くらいまでで、佐々木邸は下町の住宅街に建っているそれと、遜色がないほど一般的な造りになっていた。おそらく築年数も二十年は経っていると思われた。

「ふーっ。やっと着いたか。この家を見る限り、大して財産も蓄えてはいないだろうに。子を想う親の気持ちとは言え、気の毒に……」探偵はハンドミラーでくしを整え、ネクタイを締め直した。

『そんな事、言ってる場合じゃないよ。約束の時間まで後、十分しかないよ。早く見張れるところに隠れなきゃ』探偵の用意したマイクは余程性能が良いとみられ、口に近付けてもいないのに一人言を拾ってしまった。

「ハイハイ、分かりましたよ。えーっと……ホイ」探偵は何を思ったか、佐々木邸のインターホンのボタンを押した。

『なっ!……探偵』

「お約束しておりました、弁護士のハシモト ユウイチと申します。少し時間が早くなりましたが、息子さんのコウジさんの件で伺いました」佐々木の母親とみられる初老の女性が慌てて出てきて、探偵に頭を提げながら茶封筒を手渡した。

「確かに。後はこの敏腕弁護士のハシモトにお任せ下さい」探偵は母親にウインクすると、その場を立ち去った。

『おい、探偵。アンタが金を受け取ってどうすんだよぅ。聞いてんのか。この裏切り者』探偵はマイクから聞こえる金切り声に、思わずイヤホンを外した。

「まぁまぁ、美々ちゃん。見てなって。今に面白い事が起こるよ」そう言うと、やっとの事で向かいの家の生け垣に身を隠した。

 間もなくスーツ姿の若い男が坂を登ってきた。そしてインターホンを鳴らすと、再び母親が現れ、何やらやり取りをしているが、母親は困り顔で一旦、家の中に入っていった。

また出てきた母親は、手にしていた紙切れを若い男に渡した。男は母親に向けて手のひらをかざし、待つような仕草をすると、電話を掛け始めた。

「よし、今だ」隠れていた探偵はつぶやくと、懐から無線機のような機械を取り出し、アンテナを伸ばすと男に向けた。

「良いかい、美々ちゃん。男が掛けている先の電話番号を探知するんだ。電波情報はUSBを通して、君のパソコンに送信されるはずだから。出来るかい」

『バカにしないでよね。そんなのナンプレを解きながらでも出来るっつうの』マイクからキーを叩く激しい音が聞こえてきた。

『OK。携帯電話だよ』

「了解。良くやった。後はその番号の端末にアクセスしてだね……」探偵は美々に細かい指示を与えた。

 受話器から耳を離した男は、母親に電話を渡した。母親は頭を提げながら、あたふたと戸惑いの表情をしていた。

「何かありましたか」男が振り向くと、そこには黒い手帳を向けて探偵が立っていた。

「いや……あの……な……何でもないです」男は母親から電話を奪い取ると、早足で去っていった。

 男が立ち去るのを見届けると、探偵は涼しい顔で笑って母親の方を向いた。

「お母さん。心配いりませんよ。奴は詐欺の受け子と言うやつです。騙すような真似をして申し訳ない。被害を未然に防ぐため、僕が一時的にお母さんのお金を預らさせていただきました。これ、お返しします」母親はまるで何が起きたか分からず、キツネにつままれたような顔で探偵を見送った。

「さて、帰って最後の仕上げの準備だ。悪戯オイタをする悪い子には、少しキツいお仕置きが必要なようだ」探偵は緩やかな坂を、ゆっくりと下り始めた。

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