第11話 危険なJK③

 探偵と凛子の姿は浜野町の埠頭ふとう倉庫群にあった。夜ともなれば人影もまったくなく、灯りらしい物と言えば、時折、沖から陸に向かって照らされる貨物船の照明と、首を360度回している灯台の灯りくらいだ。

「それで?そろそろ教えてもらえるかしら。美々がどうしてここにいるのかを」

「先っきのメモを持ってるかい。こそにはこう書いてある」

"16なたね11ざ。のほねひていづ、ほもきねてらはかんら。すをなゃいしり↴"

「これは暗号で良く使われる "降下法" って奴でね。書いてある文字を、文字通り一つ降ろして読むんだ。するとこうなる」

"27にちの22じ。はまのふとうで、まやくのとりひきあり。せんにゅうする"

"27日の22時。浜野埠頭で、麻薬の取り引きあり。潜入する"

「……なんて事?高校生の美々が、何故そんな危ない真似を」凛子は頭から血の気が引いていく感覚を覚えた。

「それは分からない。しかし正義の為に戦った君たちの親父さん、道広氏の意思を継ぐような気持ちだったんじゃないだろうか。そう言ってる内に、もう三分前だよ。さぁ行こうか」探偵が言い終わるか終わらないかの内に、10フィートコンテナに爪を刺していたフォークリフトが、轟音ごうおんを立てて動き出した。それとほぼ同時に、数台の真っ黒な高級車が、埠頭の中に入ってきた。

 コンテナは鈍い音と共にコンクリートの上に着地して、近寄った数名のアジア人と思われる男たちにより、その扉は開かれた。

 コンテナの中にはビニール製の、男性の性欲をなぐさめる為の人形が、ふくらんだ状態で数十体収められていた。高級車から降りてきた黒ずくめの男が、ふところからナイフを取り出し、人形を切り裂いた。そして人形を手でやぶくと、中から大量の白い粉を含ませた袋が出てきた。男の一人が袋を軽く破き人差し指ですくめた。

「中々の上物じょうものじゃねぇか」そうつぶやいた時、探偵たちがいる反対側から叫び声が聞こえた。

「ちょっと待ちな。アンタらの悪事もそこまでだよ」沖からの照明が逆光となり、小さく細い体躯たいくだけが影を浮かび上がらせていた。

「み……美々」影を見て、凛子は白目をいた。

「ごめんなさいね。うちの若い者が。何を勘違いしてんでしょうね。まぁまぁ、お兄さん方、そのままお続け下さいな」凛子とは対照に探偵が割って入った。

「何だ?お前たちは」男たちの鋭い視線が突き刺さった。

「何だ?いえいえ、我々はそんな大層な者ではございませんですよ」

「ちょっと待てよ!オッサン何言ってんだよ」美々が言うと探偵は肩を抱き寄せ、端に行った。

「君の事は姉上から聞いている。ここは安全の為にも君の正義の為にも話しを合わせて」探偵はウィンクをした。

「な……なんだよ、アンタ」

「月を見てごらんなさい。とても綺麗な満月です。この "月が綺麗ですね" を漱石は Ī love youのやくとして使ったそうな」

「貴様!何のつもりで戯言たわごとかすか!」ボスらしき男がピストルの銃口を向けた時、多くのヘッドライトがこちらに向かって近付いてきた。そして埠頭敷地内に入ると、けたたましくサイレンが鳴った。

「貴様ら。警察だ。お前らはすでに包囲されている。おとなしく投降するんだ」先頭車両の助手席から降りてきた私服警官らしき男は、車載マイクを通して、大声で恫喝どうかつした。

 探偵は黒ずくめの男たちが車のライトに気を取られているすきに、美々の腕をつかんで安全圏内へと避難した。麻薬密輸組織の男たちが、先頭の覆面パトカーに発砲したのを皮切りに、銃撃戦が始まった。

「ほらね。正義と安全の為って言ったろ。これで後は警察に任せて僕たちは逃げるよ」

「いい加減にしろよ。オッサン」美々が掴まれた腕を振り解いた時、左頬に激痛が走った。

「いい加減にするのはあなたよ、美々」凛子は目をわずかにうるませて、力一杯に美々の頬を平手打ちした。

「あ……姉貴」美々も頬に手を当てて目を潤ませていた。

「私たちがどれほど心配したと思ってんの」

「私たちって何よ。姉貴に心配される覚えはないよ。だいたいアタシを妹とも思ってないクセに」

「思ってるわよ。私と血のつながった大切な大切な妹よ」凛子の目からは、もはやあふれんばかりの涙がき出していた。

「何よ。何を泣いてんのよ。そもそもアタシとは血の繋がりがないんだから関係ないって、ずーっと言ってきたじゃん」もらい泣きなのか、美々の目からも一筋の光が頬をいろどっていた。

「もう血なんて関係ないの。あなたは確かに私の妹。誰がなんて言おうと妹なのよ」凛子は美々の体躯を包み込むように包容した。

「姉…お姉ちゃん」美々は凛子の胸に、顔を埋めて、その小さく細い身体を小刻みに震わせた。

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