第9話 危険なJK①

 弁護士の鳴海 凛子が探偵事務所を訪れたのは午前十一時頃の事だった。

「やぁ、凛子ちゃ……鳴海弁護士。いらっしゃい」探偵は言いかけたところでかつての左頬の痛みを思い出し、言い変えた。

「本当はこんなところに来たくはなかったんだけど、他に頼る当てもなくって……しかたなくね」凛子は伏せ目がちに言った。

「えっ?て事は何かの依頼かい?」探偵は躍る心を抑えた。

「えぇ、妹の捜索をね」

「妹?君に妹がいたのかい?」

「うん。とは言っても腹違いってやつなんだけどね」凛子が仕切る弁護士事務所、鳴海法律事務所は父親の道広から受け継いだものだった。道広は認知症と診断された後、二ヶ月前に亡くなった事で、跡継ぎ問題と相続問題が浮かび上がった。

 そもそもは芸能人の弁護などで名を馳せた道広は、TVのコメンテーターなどメディアで顔を広げ、多くの財産を一代で築いた。そんな波に乗る道広に悲劇が襲ったのは、今から二十年前の事だった。前妻が脳梗塞で倒れ、意識を取り戻す事なく故人となってしまった。そんな道広の後妻として収まったのが、当時は道広の事務所で事務員として働いていた文乃だった。

 文乃は凛子 いわく、愛があり結婚をしたと言うよりも、何らかの思惑があり後妻に落ち着いたと言う。奥歯に何かが挟まったような言いようだが、砕いて言えば遺産目当てと言いたい訳である。事実として道広と文乃は43才と祖父孫ほどの年齢差があり、肌の触れ合いもあったとは思えなかったと言う。

 そんな中、文乃が身籠ったのは、道広が認知症と診断を受けた三ヶ月後の事であった。それは道広が文乃との間に肌の触れ合いがなくとも、妊娠した事実がそうであり、その事を道広自身が判断出来ないであろう計算から、文乃が余所よその男との間に作った子であろうと言うのが、凛子の考えであった。

 そんな中、凛子にとっての妹の美々を簡単に受け入れる事は容易な事ではなかった。

「概要は良く分かった。それで美々さんがいなくなった経緯と言うのは?」

「美々には失踪する前から黒い噂があったわ。薬物売買組織に加担しているだとか、詐欺集団の一員だとか。とにかく高校生であるにも関わらず素行が良くなかったのは事実」

「高校生?美々ちゃんは高校生だったのかい?……なるほど、高名な道広氏の子である娘が、素行不良とあれば隠したくもなる訳だ」探偵は皮肉を込めた笑みを浮かべながらスマホをいじりだした。

「とにかくよ。美々は犯罪に巻き込まれたか何かの陰謀に利用されて失踪させられたか、もしかしたら拉致をされている可能性だってあるわ」探偵は凛子の言葉に違和感を覚えた。凛子の言葉尻からは美々を嫌悪しているように感じられた。しかし後半の言葉はまるで美々を擁護しているようにしか聞こえない。

「どう言う事だい?弁護士ともあろう君が言っている言葉は支離滅裂にしか聞こえない」

「ごめんなさい。そうは言ったけど、父からは『あの子は感も頭も良い子だ。あの子からは正義の剣を振りかざす姿が目に浮かぶ。すまないが賢明で堅実なお前があの子をサポートしてやってくれないか』と言われたの。父は自我を持っている時といない時がはっきりしていた。自我がしっかりしていた時に聞いた言葉だから確かだわ」探偵は目を閉じて強く首を横に振った。

「分かんなーい。だって僕は美々ちゃんを見てないんだもーん。だから会いに行こうよぅ」凛子は探偵の態度にイラッときた。

「はぁ?他人ひと事だと思ってバカにしてんの?」凛子の苛立ちにも探偵は落ち着いて人差し指を左右に振った。

「ノンノンノン。美々ちゃんがいる場所なんて、今の通信技術を使えば簡単に分かるもんさ。さぁ、行こうか」そう言うと、探偵は黒いジャケットを羽織った。

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