第8話 浮気調査は事件の香り?④

 探偵はバーにいた。今夜は珍しく一人ではない。隣に美女が座っている。

「良く真犯人に辿り着けたわね」

「造作もない事さ。警察が思い込み捜査などしなければ、僕よりも早く真犯人かれに辿り着けただろうからさ」探偵は今日もバーボンロックのグラスをカラリと音を立てた。

 探偵が西野 睦美の身辺調査を始めたのは三日前であった。調査開始後、直ぐに、真犯人の佐々木 紀彦が浮かんだ。

 睦美は三ヶ月前から付き合っている筒井と言う男に、半年前に別れた佐々木のストーカー被害を相談していた。筒井はその話しを聞き、俺に任せろ。俺がお前を守ってやる、などと調子の良い事を言った。そんなC調言葉を睦美は信じて、警察への届け出も出さずにいた。

「まぁ彼女は男運がなかったと言うか、見る目がなかったと言うか。せめて父親が側にいたんだから、そいつを信じて相談してれば、あんな悲劇には終わらなかっただろうに」探偵は一気にバーボンを飲み干すと、グラスを頭上に掲げてマスターに合図した。

「それにしたってどうやって、を手に入れたって言うの」

「まぁ蛇の道は蛇って言うか。それも探偵に必要な能力スキルさ」探偵は人差し指をかぎ型に曲げて、手首を回した。

「まぁ、呆れた。……でもそれで衣川氏が救われたんだったら、結果オーライってとこかしら」隣に座る凛子もカシスオレンジの残りを飲み干すと、マスターに合図を送った。

 衣川 浩一郎が西野 睦美の存在に気付いたのも、睦美が佐々木と別れた同時期の半年前であった。その一ヶ月前、西野 亮子と言う、浩一郎が高校生の時に交際をしていた女性の逝去したと言う噂が耳に入った。亮子と浩一郎は、亮子の父親から交際を強く反対され、遺恨の念を抱えつつ別れる事となった。

 そして浩一郎は亮子の葬儀の場で、自身と亮子の間に女児が生まれていた事を知った。それが睦美だった。

 亮子に対する積年の想い、呵責の念が、睦美を影ながらにも支えると言う浩一郎の行動へと走らせた。もちろん妻の陽子に言えるはずもなく、浩一郎は黙って睦美に金を渡したり、話しを聞いたりの活動を続けた。しかし睦美からすれば、突然現れた父親と言う存在に、困惑せざるを得なかった。無論、佐々木の件も相談など出来るはずもなかった。

「つまりは陽子さんとの間に子供が出来なかった浩一郎氏にとって、長年待ち続けた我が子を殺害する動機などあるはずがないと」

「まぁそうだね。でも睦美さんも蛍光ペンの文字をもっと信じるべきだった」探偵は改めてスマートフォンの静止画面を表示してカウンターの上に置いた。

「えぇ。本当は愛されていない人を愛するのか、自分を本当に愛してくれる人を信じるのか。正直、難しいところよね」探偵のスマホ画面には、浩一郎の部屋のデスクの鍵が掛かった引き出しで見つけた一枚の紙が写し出されている。書類の見出しは "DNA鑑定書" となっており、対象の名義人はもちろん衣川 浩一郎と西野 睦美だった。そして締めの言葉に "対象二人の血縁関係の可能性は99,9%と推察される" とあった。

「で……?り……凛子ちゃんは愛されるのと愛するの、どっちがお好みだい」探偵はほんのりと赤面して言った。

「はぁ?誰がちゃんなの。あんたとそんな間柄になった覚えはありませんが」凛子は逆に真っ赤に紅潮させて言った。

「いや……だからさぁ。そんな愛の始まりがあったってさぁ」

「うるさぁい。バカにしないで」店内に甲高い音が響き渡った。そして凛子は店を後にした。

「凛子ちゃーん。待ってよ」左頬に真っ赤に紅葉したモミジをくっ付けて凛子を追おうとする探偵の襟首が引っ張られた。

「伊集さん。お勘定がまだですがね」マスターは呆れ返るように台詞を吐いた。

 やがてスマホ画面に写し出されたピンクの蛍光ペンの文字、我が娘を命がけで愛す、の静止画は、タイムアップと共に消えた。

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