第7話 浮気調査は事件の香り?③
「だからさぁ、皆川巡査部長だっけ?
「だからぁ、私立探偵だかなんだか知らないけどさぁ、そんな簡単に被疑者の情報や捜査状況なんて話せる訳ないんだよ」
「私は衣川 浩一郎さんの担当弁護士で、
「申し訳ない。お嬢さん。私も同行させてもらう訳にはいけませんか?」探偵は精一杯気取って弁護士に話しかけた。
「はーん?あなた誰」凛子は怪しげな男を睨み付けた。しかし探偵は一切動ずる事なく内ポケットから名刺を人差し指と中指の間に挟んで差し出した。凛子は無作法に受け取ると、馬鹿にしたように鼻から空気を抜き、あなたが皆川刑事が言っていた探偵?と言うと
「残念ながらあなたの忠告は受け入れられなかったようね」と自らの名刺を渡した。
「へぇ、その若さで開業弁護士ですか。しかし警察側は衣川さんが西野 睦美さんと男女の関係にあったから、痴情の
「これは?」
「まぁ、そう言う事だよ。それより現場が見たい。力を貸してもらえないだろうか?」凛子はしばらく考え込んだ後、接見は取り止める、と言い、皆川刑事を呼び出した。
三階の刑事課から皆川が降りてくると、探偵を見つけて、やれやれと言った態度をとった。
「皆川刑事。もう一度現場を見せていただけるかしら」凛子が高圧的に言うと、皆川は焦ったように、もちろん、と言い、奥に車のキーを取りに走った。
現場のマンションは探偵も一度来た事があり、通りに向けて廊下が剥き出しになっている三階建てだ。それぞれの玄関ドアは通り側を向いており、人の出入りは一目瞭然だった。しかし通り自体が昼間でも車通りも少ないような道で、ましてや通学路にもなっていない。恐らくは事件があったと思われる午前六時から七時、殺害後の何らかの工作、逃走時間を鑑みて、八時頃まで時間を延ばしたとしても、人通りが少なかった事は
睦美の部屋はワンフロア八部屋が並ぶ、二階のほぼ中央に位置する二〇五号室であった。
探偵は慣れた感じで部屋へ入ると、辺りを検索し始めた。間取りは1DKで、玄関を入ると、直ぐに十畳のダイニングキッチンが広がっていた。壁際にダイニングテーブルが設置されており、その直ぐ側、部屋の中央部分に、未だ生々しく元宿主の倒れていた痕跡の白テープと、その腹部辺りの血痕が残されていた。
「で?凶器は分かってんの」探偵の言葉に皆川刑事は、まだ見つかっていません、と答えた。
「見つかってないのは分かってるさ。司法解剖されたんだろ?ナイフ?包丁?」
「刃渡り20cmほどのナイフと思われます。右の肝臓をやられてたみたいで、ほぼ即死状態だったと思われます」
「ふーん。じゃあ犯人は左利きだね。と言う事はだよ。衣川氏は犯人じゃない。そうだろ」流暢に話す探偵の言葉を黙って聞いていた凛子は口を挟んだ。
「あなた何でも分かったかのように言うのね。凶器が見つかってないとか、犯人が左利きだとか」凛子の言葉に探偵は、ふっ、と鼻を鳴らした。
「僕はこれでも私立探偵だよ。凶器が見つかってないのは衣川氏が未だ釈放されてない事から簡単に想像できる。左利きにしたって肝臓の傷から容易に想像できるだろ?」凛子はポカーンとした顔をした。
「あなた何者?」
「だから、私立探偵だよ。一応は奥さんの依頼を受けて、衣川さんの浮気調査を行なっていたのさ。僕は事件直前まで、このマンションの前で衣川氏を張っていた。事件が起こったのは衣川氏が部屋を出て、間もなくの頃と推定される」
「それで、衣川氏が右利きだってどうして分かったのかしら」凛子は腕を組み、遺体のあった場所を見ながら言った。
「彼を尾行していたのは五日前からさ。その
「なるほどね。探偵としての能力はさほど低くはなさそうね。それで……真犯人の目星は付いているのかしら」
「待ってくれ。それは僕の仕事じゃなく警察の仕事だろ?と言いたいところだけど、乗りかかった船だ。まずは西野さんの身辺調査からだ。まぁ近い内になんらかの手がかりは報告する事を約束しよう。だから君は君の仕事をしてくれたまえ」探偵は衣川 浩一郎の保釈手続きを取るように急かすと、意気揚々と部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます