第6話 浮気調査は事件の香り?②

「衣川 浩一郎と言う男性が、今朝、殺人容疑で逮捕されたと聞いたのですが、物証は上がってるんですかね?」陽子からの突然の電話を受け、探偵は所轄警察署を訪れ、捜査一課の刑事に、捜査の進捗状況を聞き出そうとしていた。

「何だい?一体アンタは何者だ?」

「失礼。申し遅れまして。僕は私立探偵の伊集 煉斗です。衣川さんに関しては、奥様からの依頼で彼の素行調査をしていましてね。昨夜から今朝にかけても彼を尾行していましてね。角野町のマンションの一室に入っていくところを確認しました」探偵がおもむろに名刺を差し出しながら、数時間前の出来事を話していると、刑事の顔色が見るみる変わった。

「なんだって?それじゃあ被害者ガイシャ西野にしの 睦美むつみさんの部屋に入るのを見たって言うんですね。もう少し詳しく話しを伺えますか?さぁこちらに」刑事は探偵を強引に取調室へいざなおうとした。それを探偵は嫌い、手を振りほどいた。

「ちょっとさぁ、強引過ぎなんじゃない?質問を先にしたのはこっちだよ」

「何?アンタがしてたのは浮気調査だろ?こっちは殺人事件を捜査してんだよ。捜査に協力するのは市民の義務。警察こっち探偵そちらに協力する義務はない。アンタも探偵をやってんだったらそれくらい知ってんでしょ」探偵が非協力的だと知れると、刑事は途端に横暴な態度を示した。

「僕はなにも協力しないとは言っていない。人として義務なんかじゃなく情報提供してくれたって良いんじゃないかと言ってるんだ。交換条件なんかにしたくはないけど、捜査に支障がない程度くらいには教えてくれたって良いじゃない」探偵の反論に刑事は鼻から空気を抜き、やれやれ仕方がないと言った態度で口を開いた。

「物証と言う物証は出てないよ。ただね、部屋からは被害者の指紋以外は衣川の指紋しか出なかった。つまりは衣川以外の人間が彼女の部屋に入った痕跡はないって事だよ。分かる?」刑事の話しから、探偵は仕方なく取り調べに応じた。しかし探偵の心象は衣川は無実シロだと言う事だった。西野 睦美の死亡推定時刻は午前六時から七時。もしも衣川 浩一郎が真犯人ホンボシだと推定すると、衣川は殺害後直ぐに部屋を出た事になる。その部屋を出る衣川の姿を探偵は見ている。その様相はプロの暗殺者でもない限り、とても人間を殺害した直後のものとは思えない様子だった。それに探偵は真犯人が衝動的ではなく、計画的な犯行を行った場合、手袋などを装着して犯行に及び、指紋が睦美と衣川以外の物が出なかったとしても、決して不自然ではない事を付け加えた。

「なるほど。探偵あなたの言う事はもっともだ。しかし衣川ヤツを釈放するかどうかは我々下っ端が決める事じゃない。まぁ参考にした上で上申はさせていただきますがね」刑事は決して社交辞令とは思えぬ真剣な眼差しで答えた。

 

 警察署を出た探偵は、真っ直ぐに陽子が待つ衣川邸へ向かった。目的は二つあった。一つは途中経過報告と称して初面談の時よりも深く事情を聞く事。そしてもう一つは浩一郎の部屋を調べる事にあった。

 探偵が到着すると、陽子は青白い顔つきに、深い陰を落としていた。探偵は一応の気遣いの言葉をかけながら、少しづつ核心の話しへと入り込んでいった。

 陽子が浩一郎の様子をいぶかしみ始めたのは、三ヶ月ほど前らしい。普段から仕事柄、帰りが遅い事が少なくない浩一郎であったが、その頃より酒の匂いをさせて帰宅する事が多くなったと言う。その後もやたらと携帯電話を気にしたり、衣服に香水の香りをつけて帰る事があったと言う。

「なるほど。それでは浮気を疑われても仕方がありませんね。しかし事件の日、西野 睦美さんの自宅に行った事は確かなのですが、どうにも何か引っかかる事があります。その何かが、もしかしたら旦那さんが勾留されている件を解決する糸口になるかも知れません」藁にもすがる想いの陽子は、浩一郎の部屋の捜索を許可した。

 浩一郎の部屋は小綺麗に整理されており、デスクの上にノートパソコンのみが置かれており、その他は三段カラーボックスを書棚変わりに、数十冊の書物が並べ立てられているだけだった。書物の内容も、仕事に関するビジネス書や、自己啓発本など、大して変わり映えする物は見当たらなかった。

 そこで探偵は、デスクの引き出しを探り始めた。引き出しの中も探偵が思うような物は見当たらなかったが、一箇所、小袖机の一番上の段、鍵付きの引き出しがロックされた状態であった。探偵は内ポケットから財布大のポーチのような物を取り出し、中を広げた。

「これもあなたを救う為だ。イッツ ソーリー」探偵は細長い金属製の中の一本を取り出し、鍵穴に差し込むと、器用に作業を始めた。するとものの数秒で、引き出しはカチャリと音を立てた。

「よし。さぁあなたの秘密を僕に教えておくれ」探偵は静かに引き出しを引いた。中にはいくつかの書類と思われる紙切れが入っており、その中の一枚に目を止めた。

「ふっ。なるほどね。そう言うカラクリだったのか……となると後は現場か……どうしたもんだろうね」

 しばらく浩一郎の部屋で考え込んだ探偵は、思い立ったように立ち上がると、陽子への挨拶も早々に、衣川邸を後にした。

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