第5話 浮気調査は事件の香り?①

 依頼者の衣川きぬがわ 陽子ようこが探偵事務所を訪れたのは七日の昼下りだった。依頼内容は、陽子の夫、浩一郎こういちろうの様子が最近になっておかしいと言うか、怪しいと言うのだ。探偵が事務所を立ち上げてからもうすぐで三年になるが、この手の依頼、つまり浮気調査と言うものが、全体の三割をめる。探偵が事務所を立ち上げる前にいた、大手興信所では八割から九割はあった。もちろん依頼自体はもっと多くやってくるのだが、探偵は男女の犬も喰わないような揉め事に首を突っ込むのが嫌で、往々にして断っていた。

 それでも背に腹は代えられぬもので、バーのマスターに、ツケの催促をされている立場なので、金欠のこう言う場面のみ、仕方なく依頼を受けていたのだ。


「なるほど。それではご主人の素行調査を十日間と言う事で、前金として半額の十五万円を、残りを調査終了後にお収め下さい」探偵は如何いかにもやる気なさげに抑揚なく話した。

「分かりました。それでは十五万円、ご確認下さい」陽子も事務的に茶封筒を差し出した。

 浩一郎の調査は翌日より始まった。陽子から聞かされた通りに、就業開始時間より浩一郎が務める商事会社が入るビルで張り込みを始めた。十時半頃から外回りに出始め、見たところ仕事に勤しんでいるようで、女との密会などは見受けられなかった。就業後も帰りに一人バーなどに立ち寄るが、女の影などはなく、店内を遠目に見張るものの、それらしい映像も撮れなかった。これでは陽子に、納得がいかない、などとねられて、残りの半金を取り損ねるのではないかと危惧した時であった。七日目に動きがあったのだ。

 恐らくは行きつけなのであろう。この一週間の内で例のバーに五回目に来店した浩一郎は、途中で着信があった携帯電話に応答、暫く話した後、店を出た。もちろん探偵は尾行した訳だが、浩一郎の行き先は一軒のマンション一室であった。部屋から出迎えたのは若い女であった。とは言っても女は大手を振って出迎えると言う具合ではなく、仕方なく招き入れる感を感じた。

 男女の情事だろうか?十一時過ぎに入り、浩一郎が姿を現したのは、翌朝の六時前であった。そこ間の七時間くらいを、バーボンロックを五杯入れた胃袋に、睡魔と闘いつつも探偵は見張り続けた。

 探偵は浩一郎の尾行を再開し、真っ直ぐに帰宅するのを確認すると、一旦事務所に戻った。浩一郎の仕事もオフと言う事で、昼過ぎまで仮眠をとった。そして事態を揺るがす着信音がなったのだった。

「探偵さん。夫が……浩一郎さんが警察に連行されたの。一体どう言う事?」浩一郎は昨夜の密会した女の殺人事件の重要参考人として、任意同行されたのであった。

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