第4話 落とし物にはご用心④

「もしもし、お忙しいところ申し訳ない。私は先日、貴方に財布を拾い届けて頂いた伊集と申します」

「あぁ、それはどうも。見つかって良かったですね。中身は大丈夫でしたか?」ふん、白々しい。

「それがですね。中には百万と数千いくらかが入っていたのですがね。見事に万札だけが綺麗に抜かれていましたよ。やれやれ困ったものです」

「ひゃ……百万も?……そんなには入っていなかったですよ!」中野はイキりたって声をあららげた。

「おや?貴方は中身を見られたのですか?」

「い……いや。なんて言うの……。そう、持った感じで分かるじゃないですか。百万も入っていたら」なるほどね。

「そうですよね。流石に百万の厚さは分かりますよね。私は酔っ払っていたので、その感覚はなかったです」

「……そうですか。飲まれていて落とされたのですね。その割りに中身の金額は良く覚えておられたのですね」

「それがですね。行きつけの飲み屋に行くのに、少々、懐が寂しかったのと、まとまった支払いが迫っていたもので、ATMを四軒もはしごして、ちょうど百万円を降ろしたと言う訳です」

「なるほど。それではお金を降ろす前の金額は、はっきりと覚えていないと言う事ですね」掛かった。

「えぇ。百万以上あったのは確かなのですが、はっきりと残高を覚えてはいないんですよ」

「それは災難でしたね。犯人が見つかれば良いですけど」

「それならご心配には及びません。警察には被害届を出していますし、あの通りは防犯カメラが蟻の隙間を埋めるように設置されていますからね。中野さんが財布を拾う前に手をつけた者が犯人です」

「そうか。それなら直ぐに見つかりますね。良かった」

「そうなんですよ。犯人も運が悪い。私が百万も持っていたから、検挙されるのが気の毒で」

「はっ?どう言った事で?」

「いやね。私は私立探偵をしているのですが、商売柄、法律に明るくてね。拾得物横領罪は、横領金額が百万円以上とそれ以下とでは、まるで罪の重さが変わるんです。まぁ分かり易く言えば、百万以下だと示談で済むところが、それを越えると、途端に実刑間違いなしとくるのだから気の毒で仕方ありません」

「えっ?そ……そうなんですか?」

「まぁ、中野さんには関係ありませんか。中野さんの前に財布を触った人物が犯人な訳ですから。それでもその犯人が、この法律を知っていて、わざと百万円以下の金額を抜いていたとしたら、話しは変わりますがね」

 

 その後、いくらかのくだらない話しをしたが、中野の言葉の歯切れは悪かった。どこか上の空と言った感じだった。

 次の日、中野は探偵に電話をかけてきて、横領を認めた上で、示談を申し出た。探偵の予想通りに、中野は良心の呵責から、少しの金額を残して中身を抜き取ったと白状した。その辺りも探偵は予測済みで、全額を返金してもらう事で示談を済ませた。無論、探偵のハッタリから、それ以上の罰を与えるのは良しと、しなかったからである。

 探偵は事件解決の祝杯を、いつものバーで上げていた。

「あのさぁ、伊集さん。そろそろ溜まってるツケを払ってもらえるかな?」

「マ……マスター。来月まで待って」

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