ごめんねお兄ちゃん

Meg

ごめんねお兄ちゃん

 夜、研究所で兄は画面の中の妹に尋ねた。

「そっちはどう?不便はない?」

 妹はクスクス笑っている。

「お兄ちゃんそれ昨日も聞いたじゃん」

 白衣にメガネの兄は首を傾げた。

「そうだっけ?」

「毎日様子見に来てるし。天下のコンピュータサイエンス研究者の権威が過保護すぎ」

「うるさいなあ。たった一人の家族なんだから過保護になって何が悪いんだよ」

「お節介だなー」

 妹はけらけらと笑うが、兄は真面目に言う。

「俺はおしめの時からお前のこと知ってるんだからな。父さんと母さんが死んで以来お前を世話してきたのはこの俺なんだからな」

「押し付けがましー。毒兄だー」

 妹は大笑いした。兄は拗ねたように画面から顔を背ける。妹は笑いつつも兄をなだめるように言った。

「拗ねないでよ。ね、お兄ちゃん今日顔が嬉しそうだったよ。なんかいいことあった?」

 兄の表情がパッと輝いた。

「わかる?」

「おしめの時から知ってるからね」

 妹が得意げに言う。

「それはもういいだろ。俺、この前書いた論文で学会賞をもらったんだ」

 妹もまた目を輝かせた。

「へえ!すごい」

「この研究がうまくいけばノーベル賞までいけるかも」

「お兄ちゃんだったら絶対いけるよ」

「全部お前のおかげだよ」

 兄は寂しそうに言った。

「私何もしてないよ。パソコンとかよくわかんないし」

「そうじゃなくて。病気で苦しんでたお前をなんとかしなきゃって思ったから、血のにじむような努力ができた。だからこのシステムが作れたんだよ」

「押し付けがましー。重すぎ」

 妹は再び大笑いした。だが兄は沈んだ顔でうつむき、しばし沈黙した。

「......そうだよな。確かに押し付けだよな。本当はお前のためじゃない。俺自身が一人にならないようにしたかっただけなのに」

「ごめんねお兄ちゃん」

 泣きそうな声で妹が言った。妹の画面がザーザーと乱れはじめる。兄は画面に飛びついた。

「ばかな、回路もシステムも完璧なはずだったのに」

「実は少し前から調子悪かったんだ」

「なんで言わなかったんだ。もっと早く対処できたかもしれないのに」

 兄がなじるが妹はやさしくかえす。

「無理だよ。人の意識をコンピュータに移すなんて元からできるはずない。ううん、できちゃいけないんだよ。人間は神様じゃないんだから」

「神なんか非科学的な迷信だ。いるならどうして俺たちから父さんも母さんも奪ったんだ!どうして何の罪もないお前までも病気にしたんだ!」

 兄の慟哭などお構いなしに、画面は無情に乱れていく。

「ごめんね。ノーベル賞取れないね」

「接続部に負荷がかかりすぎたのか?」

 泣きそうな妹の言葉を無視して兄は電話をかけ、まくしたてた。

「おい、今すぐ研究室のスパコンの回路取り替える手配をしろ!業務時間外だ?知るか!早くしろ」

「ごめんね」

 プツリと、妹の画面が切れた。

 兄は呆然とした。何が起きたのか認識すらできなかった。電話ごしの部下がしきりに彼を呼んでいた。

「あ、ああ。手配ができたか。よろしく頼む。…… ああ。今ならまだ回復させられるはずだ。いや、されるんだ」

 断言して兄は電話を切った。

 そして真っ黒な画面を前にし、無力な彼はギュッと手を合わせた。

「神様、お願いです。妹を連れて行かないでください。たった一人の家族なんです。お願いします」

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