いいだろ?

ネコ エレクトゥス

第1話

 昼ご飯を食べてた時に前に座っていた若い恋人たちの会話。音楽の話をしているらしい。ただ全く理解不能。全く知らない固有名詞の連続(というよりそれは何かの名前なのか?)。違う惑星にやってきたのか、それとも浦島太郎のように時を通過してしまったのか。

「これってすごいノリがいいネ。」

「すぐ歌いだしちゃいそう。」

 二人が小さな音で流している音楽が聞こえてくるのだが…、特にコメントなし。

 しかし世界がこんな短い期間に表現体系を全く変えてしまうとは本当に不思議だ。

「俺最近ものすごい古い音楽聞き始めてさ。」

 この二人にとって「ものすごい古い」というのはビートルズか何かか。

「これジャミロクワイっていうんだ。」

 ものすごいショック。ジャミロクワイってちょっと前の話じゃなかったっけ。そうか、そうなんだ。ジャミロクワイが街中に流れていた時この二人はまだ地球上に存在すらしていなかったんだ。生まれる前である以上ビートルズであろうがジャミロクワイであろうが「ものすごい古い」ことには変わりはないんだ。

「なんか変わった声ね。」

 あの当時変な声で歌っている奴はいくらでもいた。それを考えるとジャミロクワイは普通な方だと思うのだが……。

「でもこういいうの聞いてる私たちってなんか素敵ね。」

 そうだろ?いいだろ?

 なんかちょっとだけあの二人と心が通い合えたような感じ。もっともあの二人はお互いに夢中で、そばで話を聞いてる人間がいるなんて思ってもないのだろうけど。


 今この文章を書くのにスタイル・カウンシルを引っ張り出してきて聞いていて、当時の気分に浸っている。とにかく音楽にやたらと金と労力をつぎ込んだ夢のような時代だった。誰しも自分の若い時に熱中したものに誇りを感じるのだろうが、僕の場合はそれが音楽だった。しかもよくこんなことを思う。

「結局のところあの当時から何も前進してないよな。」


 最後に一つ皮肉なことを書かせてもらえば、あの幸せな音楽好きの恋人たち、二人がいつか結婚でもして子供を育てる時が来たら、子供にピアノを習わせるなんてこともあるのだろう。そうするとその子は必然的にモーツァルトやショパンを弾くことになる。また世代間の表現体系の変化が起きる。

 


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