第2話 クリスマスの前夜
そして、翌日。十二月二十四日、クリスマスイブ。何処もかしこもクリスマスソングが流れ、赤と緑とサンタクロース…そんな如何にもという風に至る所で飾り付けられていた。
やっぱり朝は、人が多いな。特に子供連れが。
昨日の内に出掛けてしまえば良かったなー…と
バスの中で、後悔していた。
もう、取り返しはつかない…“後悔後に立たず”…だ。
そうして、目的の大型ショッピングモールで、綺麗な赤色のストーンチャームのピアスを購入した。本当はアメジストのピアスが気になっていたけど、一目見て買ってしまった。これは、運命的な出会い…いや、過言だ。運命的って、古臭い下手なロマンスの常套句じゃん。先天性能力馬鹿の冒険譚と、一二を争うぐらい嫌いなのに。
ヘンリーは、軽い口調でそんな恥ずかしい言葉も言えるからいいな。ハリウッドスターも顔負けのスタイルに恵まれているから。もし彼が昔話を切り出して来る日にはプルートーの様に呪ってやるんだと心に決めている。
「えっと…メモ帳メモ帳…と」
単三電池、無塩バター、食器用洗剤と書かれたページを開く。
(よし、揃っているな…)
途端、スマホの着メロが鳴る。鞄の中からとりだし受話器のマークに触れる。
『亮輔。久しぶり』
「おう…悠も、久しぶりだな。それで、今日はどうした?」
『実は、仕事でロンドンの方まで来たんだけど。今夜会えないかなぁーと思って』
「残念ながら、先客がありますので…というか、男二人でクリスマスとか虚しいだけじゃん」
と、言いつつ四十路のおっさんとクリスマスパーティーなんて真実は言えない。ましてや、その男の為にプレゼントを買った事なんて言える訳もなく。
『俺…今年もクリボッチかよ。男二人でいいんだよ…一人でなければ…そうそう!朗報だよ、ブラザー。今度新作を出版するんだけど、なんとヴィクトリア朝時代の怪異『ヴァンパイア』に関する推理小説なんだぜ!どうだ、会いたくなっただろ』
悠は、有名な推理小説家だ。ミステリーサスペンスを重点的に活動している。彼との出会いは俺が通っていた小学校だ。小規模な学校だったから、全員合わせて十二人程度だった。だから、友達にならないはずがない。しかし、唯一親友と呼べる人物だ。こんな風に定期的に連絡をくれる。だからか、日本語も忘れる事なく今も話せるのだ。本当に彼には、感謝している。
「魅力的なお誘いだけど…」
『えー…亮の好きなジャンルだろう?教室にあった本の中でも何十回と読み返していたじゃないか』
アイルランド人、ジョセフ・シェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』は、十九世紀ヨーロッパで流行した、あの吸血鬼の先駆者だ。一般的には、ドラキュラの方が知名度は高いかも知れないが、俺は初めて出会った印象深いゴシックホラーとインプットしている。小学校にあった『カーミラ』は、漫画で如何にも児童書という風だったが、何処かセンシティブで艶かしく、そして、暗い霧の中の様な恐怖感を煽る描写が好きだった。それから、十九世紀のホラーやらミステリーから、あの時代大流行したジャポニズムまで悉く調べた。そのせいで、此処まで来てしまったのだ。
「そうだけど…ドラキュラ系の話って今じゃ溢れかえるほどあるからさ。どっちかって言うと、英雄騎士の物語を下敷きにしたミステリーサスペンスの方が読んでみたい」
『酷いなぁ…あーあ…もう、やけ酒だ』
悲しげな声で同情を煽る。
「はぁ…なんでルックスは良いのに、彼女が出来ないんだ…お前」
『さぁ…な。もしかしたら、編集者に顔を合わせる事が多いせいで萎えるのかもな』
いつも電話ごしで、良く話題になる編集者だ。
兎に角キツくて原稿書き終わるまで帰ってくれないと嘆いていた事を思い出した。
「good job…それで、アイルランドの方には行かないのか」
『あぁ、もう行ったよ。だから亮にお土産も用意してたのに。残念だな~』
未練がましく言ってくる親友を可哀想に思い、仕方なく誘いに乗る事にした。
「はいはい…じゃあ、明日は駄目なの?」
『ちょっと待って…んー…明日は…午前中は空いてるぞ。午後からは、ロンドン塔まで観光しに行くんだ。と言いつつ半分仕事なんだけどね』
「あっそう…で、何処?」
『ラインの方で住所を送るよ』
ピコンと通知音が鳴る。
アプリを開いて届いたラインに示された住所は、有名なホテルだった。
「流石、金持ちだな…分かった。九時ぐらいに行くよ」
『了解。待ってる』
悠はそう言って、電話を切った。
明日は、アンティークショップに寄る予定だったんだけどな。彼処のじぃさんは、いつもクリスマスにプディングケーキを作って一緒に食べようと誘ってくれるから予定を開けるのだけど。しかし、わざわざクリスマスカードまで作るから、子供扱いされているようで、少し気に食わない。
一人で営業するのは大変そうだからと、たまに手伝うそのお礼だと言われるんだが…まぁ、俺は良心より商品を見たいがため、店番を引き受けているようなものだ。
「夜は、開けとこう…」
そして、次の日…
まさか、あんな事になるなんて今の彼には気付くはずもなかった。
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