灰色の肖像画

橘 ツバサ

第1話 白い猫

アメリカ合衆国、ニューヨーク、ブルックリン区のグリーン・ウッド墓地の手前、23rdストリート界隈にある私立探偵事務所。


シトシトと雨が降る中、食事をしている従業員がいた。




倉田 亮輔。二十二歳。

初等教育が終了するまでの間、日本S県にある父方の実家に住んでいた。しかし、十二歳の夏、両親の離婚から母こと倉田 雪と共にアメリカのニュージャージー州で過ごす。十七の時W大学を受験。その後大学へ通う為、イギリスのロンドンへ移住。その二年後大学中退。




コーヒーを片手に依頼書を眺める。


「これ…どこからの依頼です?」


「それ…パーキンズさんの机に置いてあったやつ?見せて見せて」


男はオフィスのイスでコロコロと移動し、クリアファイルに挟んだ資料書を覗く。




「あぁ、その倉田 雪からの依頼だよ。確か、半年前から連絡が着かなくなった息子の消息が知りたいとの話だそうだ」


「半年前?…半年間探さなかったの?」


スーツを着こなしたブロンド髪の女が訊ねる。




「依頼者の不倫により離婚が成立したんだ。息子なんて気にせず、他の男でも引っ掛けて遊んでいたんだろう」


と、男はコーヒーを入れながら肩を竦める。一方女は、はぁ…と溜息をついた。


「リョウスケは、ビッチな母親から離れたかったんでしょうね。猫のじゃれ合いを見た方が随時マシと思う程度には」








※※※※※※※








「ヘンリー…もういいか」


「次は、左向いて…それで終わりだからね」




画家のヘンリーは、碧眼を鋭く光らせモデルの亮輔ことリョウを見詰めキャンバスに優しく筆で触れる。二年前から、居候させてもらっているおっさんだ。美丈夫で紳士、年は二十くらい離れている。路地裏で雨をしのいでいた所、引き留められた。最初は、ヤバイのに捕まったと思ったが、何もされる事なく部屋を与えてくれた。どうやら、この童顔のせいで、家出した子供と間違えられたらしい。後から、昔飼っていた白い猫にそっくりだったから思わず拾ってしまったと、笑って話してくれた。


ずっと、居座ってしまうのは些か迷惑だろうと思い、マーティン・レーン周辺の店で、バーテンダーをしながら、小遣い稼ぎにコールをして働いた。たまに、彼の家に顔を見せに行くが、さして驚きもせず、コーヒーと粉っぽいクッキーを出して迎い入れてくれる。ヘンリーからすれば、野良猫ほどにしか思っていないのだろうな。


それでも、お礼程度に金を払いたかったが、頑固に断られ結局代わりにモデルを頼まれた。制作期間は約二ヶ月。毎週水、土曜日の夜、二時間ほど作業に付き合っている。




「なんで、いつもこんな薄暗い部屋で描くの?」


「ん?…あぁ…この方が君の魅力が際だっていいからだよ」


「ハハ…胡散臭いな…」


「優男と言っておくれよ」


二人は、冗談交じりの会話をする。ふと、時計を見ると、十一時半だった。




「明日、買い物に出掛けるけど…何か欲しい物ある?」


「うーん…食器用洗剤、無塩バター…あと単三電池かな。そういえば、明日はクリスマスイブだろう?お祝いするから早く帰っておいで」


“帰っておいで”か…


久々に言われた気がする。何時しか、声を忘れそんな優しい言葉も頭の隅に置いてしまっていた。父さんと別れてあの女は、仕事に耽り夜街を歩いた。そして、キツイ甘い香水の臭いを振り撒き、生ゴミを見るような視線を向けるのだ。


勝手な優劣の値踏み、強要、凶悪な正義者。優柔不断な俺には拒否出来なかった結果…




破裂した。




「困ったな…仕事があるんだけど」


「酷いな…もう僕には、何度もないクリスマスだと言うのに」


「あんたには、感謝しているから…お望みの通りにマイ・ロード」


亮輔はニコリと微笑んだ。


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